Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-24

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

師父は老いるし、あなた方も老いる。

老いる事は苦であるか、苦でないか?

老いは、勿論、苦である。

ここが痛い、あそこが痛い。

身体が老いると、何か、良いことがあるだろうか?

ゴミ箱は、まだゴミを放り込む事ができるが、老人は、何の役にも立たない。

他人の扶養に頼り、面倒を見てもらうしかない。

故に「老い」は苦である。

「病」の苦は、説明する必要がない。

「死」の苦もまた、非常に問題である。

一人ひとりの死に方は異なる。

ある種の人々は、死ぬ時、目を瞑る事がない。

口を開いて、身体は歪む;

ある種の人々は、微笑ながら死ぬ。

ある種の人々は、嘆きながら死に、ある種の人々は、静かに死ぬ。

ある種の人々の、死ぬ前の表情は、「臨終速行行業」で、それもまた、なかなかに、大変である。

いわゆる「臨終速行行業」は、臨終の前に、この一世または過去世、過去のまた過去の「五所縁」による業力が、熟したものである。

最も有力な業力が熟して、「臨終速行」において出現する時、それがあなたを、未来世に連れて行く。

これを「苦聖諦」、「苦集聖諦」と言う。

(25につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。<翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>