南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-63

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

『三合一』の方法

1、『目を閉じて』、『自然な呼吸をして』、『呼吸を知っている所の意念(+を保つ)』。

心は、ただ、自然に、鼻の前の呼吸を、知る事を保持する。

ある時には、広い範囲の光が、鼻の前に張り付くが、それを相手にしてはならない。

引き続き、呼吸を知っている事を保持すれば、それでよい;

もし、それが禅相でない時、それは自然に消失する。

この様にすれば、光に干渉されることがない。

2、不断に、呼吸を知る事を保持すると、呼吸は非常に微細なものに、変化する。

それは、細い綿の様なものであったりするが、緊張する必要はない。

徐々に、息を吸う時、禅相も入ってきて、息を吐くとき、禅相もまた出てくる様になる。

・・・呼吸が禅相と結合したのである。

ゆっくりと、禅相が動かなくなったならば、それは、全体的に鼻の前に張り付く。

その時も、それに対応しないで、引き続き、呼吸を知っていれば、それでよい。

3、呼吸は、益々微細になる。

まるで呼吸などない様になるが、これまでと同じく、引き続き、呼吸を知る事を保持する。

最後に、呼吸が完全に見えなくなって(=消失して)、ただ鼻の前に、一遍の光が、貼りつく様であるならば、これが禅相である。

4、禅相が、完全に動かなくなるのを待った後に、決意する:

私は禅相に、融入する。

元々あった「呼吸を知る」意念を、「禅相に融入する」に変える。

※注意点:

目は、前に向けて、閉じる。禅相を「見て」はならない。禅相を見ることは、出定した事になる。

禅相に融入したならば、入定が始まったのであり、この時、目を使って、禅相を見てはならない。

(64につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。<翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>