翻訳『親知実見』#35-6
四無礙解を成就するには、五種類の因<注224>がある;
1)証得(adhigama):すなわち、阿羅漢果を証悟する事、またはその他の何かの道果(の証得);
2)経教(pariyatti):すなわち、経典の教理の学習;
3)聴聞(savana);法義に対して、専注し、尊敬の念でもって聞く事;
4)遍問(paripucchā):聖典と義注の中の、奥深い段落と釈義について、よく研究する;
5)宿行(pubbayogo):過去仏の教法の時代において、修習した止観が、行捨智(Saṅkhārupekkhāñāṇa)に到達している事。
現在の教法の中において修行しても、なお、涅槃を証悟する事ができない人は、彼らのハラミツがいまだ未熟の為、である。
また、(別の)原因は、彼らが、かつて、過去仏の授記を得たか、または、聖慈氏仏などの未来仏の教法の時代に輪廻(saṃsāra)から解脱しようと発願したのかも知れない。
例えば、2000名の、みな、普通阿羅漢である比庫尼が、アジュタラにおいて、同じ日に、般涅槃した、という例がある。燃灯仏(Dīpaṅkara)の時代、彼女たちは、釈迦牟尼仏の教法の時代において、輪廻から解脱したいという発願をしたが、それはすなわち、四個の不可数(数える事の出来ない程の長時間)と、その上、また10万大劫という時間が必要であった。
普通阿羅漢になる為には、それほど長い時間、ハラミツを積む必要はなかったが、しかし、この2000名の比庫尼が、長く生死輪廻の中において、それほどの長きに亘って流転したのは、彼女たちの心願でもあったわけであり、授記とは関係はなかった。