南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

翻訳『親知実見』#35-6

四無礙解を成就するには、五種類の因<注224>がある;

1)証得(adhigama):すなわち、阿羅漢果を証悟する事、またはその他の何かの道果(の証得);

2)経教(pariyatti):すなわち、経典の教理の学習;

3)聴聞(savana);法義に対して、専注し、尊敬の念でもって聞く事;

4)遍問(paripucchā):聖典と義注の中の、奥深い段落と釈義について、よく研究する;

5)宿行(pubbayogo):過去仏の教法の時代において、修習した止観が、行捨智(Saṅkhārupekkhāñāṇa)に到達している事。

現在の教法の中において修行しても、なお、涅槃を証悟する事ができない人は、彼らのハラミツがいまだ未熟の為、である。

また、(別の)原因は、彼らが、かつて、過去仏の授記を得たか、または、聖慈氏仏などの未来仏の教法の時代に輪廻(saṃsāra)から解脱しようと発願したのかも知れない。

例えば、2000名の、みな、普通阿羅漢である比庫尼が、アジュタラにおいて、同じ日に、般涅槃した、という例がある。燃灯仏(Dīpaṅkara)の時代、彼女たちは、釈迦牟尼仏の教法の時代において、輪廻から解脱したいという発願をしたが、それはすなわち、四個の不可数(数える事の出来ない程の長時間)と、その上、また10万大劫という時間が必要であった。

普通阿羅漢になる為には、それほど長い時間、ハラミツを積む必要はなかったが、しかし、この2000名の比庫尼が、長く生死輪廻の中において、それほどの長きに亘って流転したのは、彼女たちの心願でもあったわけであり、授記とは関係はなかった。

<翻訳文責:緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>