燃灯仏の時代、我々の釈迦牟尼菩薩は、善慧隠者といい、一人の凡夫(puthujjana)であった。
シッダッタ太子となった時、彼が証悟する前は、已然として、一人の凡夫であった;
唯一、証悟した後になって初めて、彼は釈迦牟尼仏になることが出来た。
一切知智と相応する所の、阿羅漢道を証悟して後、彼は、彼の阿羅漢道を改変することはできない、これが正性定律(sammattaniyāma)である。
ここで言う正性定律とは、阿羅漢道の結果は、改変できない、という事を指している。
このことは、阿羅漢道が恒常である、という事を意味しない。それは、その様な結果が生じるのは、一種の、改変できない業力である、という事を意味しているのである。
これは、具体的には、何を指しているのか?
それは、阿羅漢道は、必ずや、阿羅漢果を生じせしめ、かつ、一切の煩悩、一切の不善業と一切の善業を断じ除くことを意味している。
そうでないならば、般涅槃の後、それらの実が結果してしまう。
この種の業果の法則を、正性定律と言い、それは改変できないものなのである。
故に、正性定律と授記は、無常の法則に違反しない(ことが分かる)。
ここで、更に説明を加える。
発願したり、願望したりするだけでは、一切知智を証悟することは、出来ない。
菩薩が授記を獲得する時、同時に、8項目の条件が具備されていなければならない。
その上、授記に頼っただけでは、仏果を得ることは出来ない。
授記を獲得した後、彼らは、引き続き、三つのレベルの、10種類のハラミツを蓄積しなければならない:
1)10種類の普通ハラミツ(pāramī)<注340>:
彼らの子女、妻と外在の財物を布施する。
2)10種類の中等ハラミツ(upapāramī):
彼らの肢体と器官の布施。たとえば、目とか手とか。
3)10の究極ハラミツ(paramatthapāramī):
彼らの生命を布施する。
合計、30種類のハラミツがある。我々は、それえらを以下の様に帰納することができる;
1)布施(dāna)。
2)持戒(sīla)。
3)禅の修習(bhāvana):止と観(サマタ・vipassanā)。
<翻訳文責:緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>