南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

翻訳『親知実見』#47-2

問7-3:「対象を縁に取る」とは、どの様な種類の心所ですか?

答7-3:すべての心(citta)と、相応心所(cetasika)は、みな対象を縁に取る。対象がなければ、それらは生起することができない。心と心所は、能縁であり、対象としての所縁(ārammaṇa)がない時、能縁(ārammaṇikadhamma)は、生起することができない。能縁(ārammmaṇika-ママ)は、所縁を縁に取ることの出来る法、または現象であり、言い換えれば、すなわち、対象を識知することのできる法である。

もし、識知されるべき対象がないならば、識知できる法もない。異なった組み合わせの心と相応心所は、異なる所縁を対象に取る。合計89種類の心(citta)と、52種類の相応心所(cetasika)があり、それらはみな、それぞれ個別の対象を縁に取る。

たとえば、道心、果心及びその相応心所(Maggacitta-cetasika)、Phalacitta-cetasika)は、唯一、

一個の対象ーー涅槃をのみ縁に取り、

入出息ジャーナ心とその相応心所は、唯一、

一個の対象ーー入出息似相を対象に取り、

地遍ジャーナは、唯一、地遍似相を対象に取る。

それらは、出世間心と色界心であるが、しかし、欲界心(kāmāvacaracitta)は、ある時は善きもの、ある時は悪いものという風に、異なる対象を縁に取る。

もし、あなたが、これらのことを詳細に理解したいのであれば、「アビダンマ」を学習しなければならない。

更に詳しく言えば《アビダンマッタサンガハ》(Abhidhammatthasaṅgaha)の中の、〈所縁の章〉<注392>である。

<翻訳文責:緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>