南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

翻訳『親知実見』#49-8

「これが戒(sīla)、これが定(samādhi)、これが慧(Paññā)である。

戒の遍修による定は、大果報あり、大功徳あり;

定の遍修による慧は、大果報あり、大功徳あり;

慧の遍修による心は、完全に

欲漏(kāmāsavā)、

有漏(bhāvāsavā)、

見漏(diṭṭhāsavā)、

無明漏(avijjāsavā)の諸漏の中から解脱することができる。」(D. 2.186)

我々一人ひとりは、皆心を有している。

もし、戒を基礎として、次に、己自身の心をコントロールするならば、この専注する心の力は非常に奇妙なものであって、当該の心は、究極色法を透視することができる。

色法は、原子より更に微細な色聚の方式によって生起するが、我々の身体は、すなわち、これらの色聚によって構成されている。

専注の心は、これらの色聚を、分析することができるだけでなく、専注の心は、究極名法をも透視することができる。

専注の心は、それらの因を透視することができるし、専注の心は、また、名色法及びその因の生起、壊滅の本質を透視することもできる。

この種の観智を智慧と言う。

この種の智慧の進展は、戒を基礎とした禅定に依る。

専注の心と智慧は、共に、心志力(心の志向性のよる力)であり、この種の心志力は、すべての執着、すべての煩悩とすべての痛苦を断じ除いて、涅槃の証悟へと導き向かわせることができる。

<翻訳文責: 緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>