Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

翻訳(中→日)《実用アビダンマ》(3-154)(私家版)

故に、Suppabuddha は、この7種類の聖宝を持っている為、少しも貧しくはない、と回答した。

彼の、三宝への信心(=確信)は 堅固であり、三宝は存在しない、などとは言えない。

3、戒禁取:儀式を通して、解脱が得られると信じて、執着する事。

インドにおいて、古より現代まで、非常に多くの人々が、ある種の儀式は、涅槃へ導く事ができる、と考えている。

インドの伝説によると、煩悩は、身体から来ているものであると考えおり、故に、彼らは、各種各様の方式でもって、身体を虐待する。

こうすれば、解脱できるのだと、考えているのである。

現代のインドでも、多くの人々は、冬でも衣服を着用せず、全身裸で苦行をするか、または、氷の上に寝たり、または、一日中、片足で立っていたりする。

仏陀の時代、非常に多くの人々が、犬を修習の対象として、歩く様子も犬の真似、食べるのは犬の餌、声も犬に似せていた。

もし、この様に、長年修行したならば、往生の時、本当に、犬になる可能性がある。

仏陀も、最初、6年間は、苦行を修し、己自身の身体を、皮で骨を包んでいる極限状態まで、己自身の身体を苛め抜いた。

六年後、彼は、これは解脱の道ではない、と思い、中道によって修行するべきである、と宣言した。

放逸すぎてもだめであるが、己自身を虐待するのも不可なのである。

(3-155につづく)

<願以此法布施功徳、早日証得涅槃楽>