wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-76

精進の後に、忍辱を挙げている:

一、精進は忍辱を円満成就するから;

というのも、「精進者は精進を励起する事を通して、諸々の有情

諸行が彼にもたらす痛苦を克服する」と言うから。

二、精進者に気概を示すため;

というのも、忍耐力のある人は苛立つ事はなく、自己の仕事に

没頭することができるから。

三、他人の利益と幸福(=「福利」改訳。以下同様)の為に奮闘する

菩薩は、見返りを渇望する事はないのを示すため。

というのも、諸法を如実に知見するとき、渇愛はないから。

四、菩薩は、他人が彼の身体に与えた諸々の痛苦を怒りなく

耐え忍ぶ事を示すため;

それは、他人の利益と幸福の為に全力を挙げて奮闘した場合で

あっても(他人は、何らの理由もなく、その身体に諸々の苦痛

を齎す)。

忍辱の後に、真実を挙げている;

一、真実(=真心)を備えている時にだけ、長く忍辱の修習を

しようという決心ができるから;

二、他人が彼の身体に与えた諸々の痛苦を怒りなく耐え忍ぶ事

を示した後、次に、己は他者を助けたいと思っている、

という言い分は、絶対に嘘でない事を示している。

三、菩薩は、忍辱(=耐え忍ぶ)する事によって、他人に

侮辱されても、虐待されても、心は動揺しない事、及び真実の

言葉を通して、彼に敵対するからという理由で、その人間を

捨て去るという事がないのを示すため。

真実の後には、決意または決心を挙げている:

一、決意は真実を円満成就するから;

決心が動揺しない人だけが、円満に妄語を捨棄する

ことができるため。

二、言説に全くの虚偽がないことを示した後、動揺しないで、

言った事を実行するという事を示している。というのも、

真実に献身する菩薩は、自分の、布施等をしたいという

自己の願望を、全くの猶予なしに、実践できるから。

決意の後には、慈を挙げている:

一、慈は、他人の利益と幸福に尽力したいという決意を

円満成就するから;

二、他人の利益と幸福に尽力したいという決意を挙げてから、

実際に実行すべき事柄を挙げている。というのも、「菩提資量

を蓄積すると決意した者は、常に慈に住する」から。

三、動揺を受け付けないと決心した者だけが、他人の利益と幸福

の為に奮闘することができるから。

慈の後に、捨を挙げている:

一、捨は慈を浄化するから;

二、他人に利益と幸福を提供する時に、他人から苦しみを与えられ

ても、捨心でもって、彼らに対応しなければならない;

三、菩薩は、自分に対して、幸福であるよう祝福を与えてくれる人

にも平等心を保つという、殊勝な品徳を持っていなければならない。

このように、上に述べたような解釈の仕方で、

波羅蜜の順序を理解する。

(+ )(= )訳者。(つづく)

訳者コメント:文中の「福利」は原文ママの直訳です。

「幸せと利益」と訳した方が分かり易いでしょうか?

後者がよければ、後々変更します。

追伸:6月30日に読者の方(id:tombi_dagaya)よりコメントがあり、

直訳の「福利」は、日本語としては、腹落ちしない、という

ご意見でした。

「幸せと利益」も自分の中では納得がいっておらず、

「利益と幸福」に変更する事にしました。

今後とも、ご感想、不足のご指摘など、

よろしくお願いいたします。

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)