Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

身心非我所有

私が、パオ・セヤドーの著書『智慧之光』(中国語版。邦訳『智慧の光』)に出逢ったのは、25年前、50歳のときでた。。。                         著書の冒頭を何行か読んだだけで、     「これは私が探し求めていたダンマであり、修行方法だ!」             とすぐに察して、とても興奮したのを覚えています。                   ただ、40年前(35歳頃)に、タイのワット・パー・スナンタ・ワラナムで学んでいた時、    【身体と心は自分のものではない】     という教えを聞いた瞬間、文字通り      ❛膝から崩れ落ちる程❜             驚きました。               【えっ、そんなっ〜〜???        私は自分の心と身体が一番大事。      これまで、心の成長を一番に願って、頑張って来たのに、えっ、それってどういうことですか?】                 自分が大事にしていた価値観が、ガラガラと音を立てて崩れていくさまに、頭も心も、とても混乱したものです。。。          その後、3000年前のインドの哲学者の…………                   〘己自身はみることができない。。。      目が目をみることが出来ない様に〙      という教えに出逢って後         【なるほど!見られるもの、知られるものは己のものではないのだな!】           と、ようやく納得したものです。              この教えを中国語で書きますと          身心非我、                                                                      身心非我所有 となります。         ここから、《身苦心不苦》の実践原理が導かれます。                  このダンマ、人生で困難に出会った時、特に、病に苦しむ時、是非、ご活用下さい。(仏陀のダンマ、レベル高く、奥が深いですから、普段から心掛けておかないと、急に活用するのは、なかなか難しいてす)

翻訳(中→日)<実用アビダンマ>(14ー2)(私家版)

6個の雑心所「尋、伺、勝解、精進、喜、欲」;19個の遍一切美心「信、念、慚、愧、無貪、無瞋、中捨性、身軽安、心軽安、身軽快性、心軽快性、身柔軟性、心柔軟性、身適業性、心適業性、身練達性、心練達性、身正直性、心正直性」:                              訳者注:上記の「身」は身体のことではなく、「心所」のことです。

翻訳(中→日)<実用アビダンマ>(14ー1)(私家版)

❖心と心所の作用の実例❖           ここに幾つかの実例を上げる。心と心所の作用への理解を深めて頂きたい。。。              ■欲界善心                  あなた方は今、私のダンマトークを、喜んで聞いている。ダンマへ敬意を払い、ダンマトークを聞くことは、一種の善業である。もし、自発的にこのダンマトークを聞きに来たのならば、この状況下において生じる心は何であろうか?「悦具智相応無行一心」である。これは心王で、相応する心所は33個である。それは、それぞれーー7個の遍一切心心所「触、受、想、思、一境性、名法命根、作意」及び……;

翻訳(中→日)<実用アビダンマ>(13ー11)(私家版)

■出世間果心                      初禅から5禅までの、出世間果心において生起する所の心所は、出世間道心と同じものである。

翻訳(中→日)<実用アビダンマ>(13ー10)(私家版)

禅の修行者は、第5禅まで等達したなら、その後に、出定して、第5禅に相応する心所、心流、心路過程を観察し、その後に、ソータパナを証する。尋、伺、喜を捨棄しているものの、捨具であるため、彼の第5禅のソータパナ道心は、33個の心所となる。。。                   初禅から5禅までのサタガミ道心、アナガミ道心、アラカン道心において生起する所の心所は、ソータパナ道心と同じであるが、しかし、その中に存在する慧心所が断じ除く結果が異なるのである。

有分捨断(bhavaNgupacceda)

子供の頃に好きだったのが、<刹那生・滅>という言葉。。。                         好き、というより、その言葉の不思議な響きと、【一体全体、何を言っているのかな?大人になったら分かるかな?】                    という、好奇心全開、怖いもの見たさ満開、といった所でしょうか?(色法即ち物質の刹那生・滅と、名法即ち心の刹那生・滅は、瞑想が日々の習慣になり、修行者に心眼が生じれば、観察出来る様になります)                次、青年期に好きになったのが、<無常・苦・無我>。。                  <無我>の本当の意味が分かるまで、結構寄り道して、悪戦苦闘しましたけれど、今は三つセットで、大分、分かる様になりました(<無我(anatta)>は、重層的な意味があるため、〘私はいない〙の直訳一本槍に執着してしまうと、間違えます。中村元博士はanattaは<非我>と訳すのがよいと言っていましたが、一理あります)。                 時は移り、私、もはや前期高齢者と相成りました現在、好きな言葉は、<有分捨断>……                  その定義は、有分心(=西洋心理学で言うところの潜在意識)が、外部・外界の強い刺激(音、香り、色彩など)を受けて、有分心の対象であったところの、【前世において死ぬ間際に取った対象】を捨棄して、心が、今現在の刺激・対象に向かうこと………ですが      

これら(有分動揺、有分捨断、有分転向などの作用)が分かれば、人生の意味や、輪廻(刹那輪廻と段生輪廻)のカラクリ・謎が解けて、心が安らかになるのではないかな、と思っています。。。                尤も、有分捨断は、余程深く瞑想しなければ観察・体得することの出来ない、心の最深層の心理作用です。                    【脳が主役】などと主張する脳科学者が、この壁を超えるのは難しいかと思います。。                 追記:Nは n の上に<・>付き。

翻訳(中→日)<実用アビダンマ>(13ー9)(私家版)

ニ禅ソータパナ道心は、「尋」がないため、合計35個の心所となる。三禅ソータパナ道心は、「伺」がなく、故に34個の心所、四禅ソータパナは「喜」がなく、合計33個の心所となる。