Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

2024-01-01から1年間の記事一覧

『智慧の光』(3-18)<K氏依頼分>

(原稿P9)ある種の哲学者は、有分心を潜在意識、又は無意識と言う言葉に訳している。《アビダンマ》ではこの様な解釈とは異なる。と言うのも、それは以下の様に言う:catubhāmaka citta@hi novijiānanalākkhnaoa@ nāma natthi.ママーーすべての(欲界、色界、…

『智慧の光』(3-16/17)<K氏依頼分>

一、尋(vitakka):心をして似相に投入せしめる。。………………………………………………………………………二、伺(vicāra):心をして継続的に似相に投入、専注せしめる。………………………………………………………………………三、喜(pātiママ):似相が好きである事。四、楽(sukha):似相を体験している時の楽受又…

★『教海覚舟』〈教えの海悟りの舟〉(50-9)(私家版)

“Asucisandate niccam, yathā medakathālikā, Nānākimikulā vāso, pakkacandanikā viya. “ “常に不浄を垂れ流す。壺から油が(こぼれるのと同じ)様だ。。。各種の蛆の住まい、汚水池と同じである。 “ “Gandabhūto rogabhūto, vanabhūto samussa yo, Atekiccho…

『智慧の光』(3-15)<K氏依頼分>

【ジャーナの到達】信、精進、念、定、慧の五根が十分に展開された時、定力は近行定を超えて、安止定に到達する。この時、心は持続的に、間断なく似相を数時間又は一昼夜又は一日中、覚知する。心が似相に対して、一時間又はニ時間専注しても尚、干渉を受け…

『智慧の光』(3-13/14)<K氏依頼分>

【原稿P8】…もし、禅相が息の接触点において出現し、かつ安定しているならば、当該の禅相は、息の様でもあり、息は禅相の様でもあり、かつ、心かわ非常に自然にそれと緊密に繋がるならば、その時には息を忘れて、禅相に専注する事が出来る。この様に、注意力…

『智慧の光』(3-11/12)<K氏依頼分>

もし、禅相があなたの面前より遠くに、離れて出現したならば、それに注意を払ってはならない。と言うのもそれは消失する可能性があり、かつこの様な修行は安止定(apanā samādhi)に到達出来ないが故に。何故であるか?これは入出息念業処(を修習する時)の一つ…

『智慧の光』(3-9/10)<K氏依頼分>

禅相は “想“ から生じる。故に、禅相が出現する前の、異なる禅修行者による異なる想によって、異なる禅相が生じる、と言うのである。…………………………………………………… 修行する業処は皆同じ入出息念ではあるが、しかし、人それぞれの因により、異なる禅相が生じるのであ…

『智慧の光』(3-7/8)〈K氏依頼分〉

禅相がまさに出現しようかという時、多くの禅の修行者は、ある種の困難に出くわす。特に、息が非常に微細になり、それを察知する事が出来なくなる時、等において。。。………………………………………………………………もし、この様な現象が生起したならば、その直前、息を覚知し得…

パオ・サヤドー著《業》(2-8−1)(私家版)

脚注5=業力:《パッターナ》(Pttāna、《発趣論》とも訳される。)の中において、仏陀は、24種の縁(paccaya)を列挙している。その固有の潜在力(dhammaーsatti。sattiの意味は、本領、能力、潜在的エネルギー、力、潜在的力/影響力)により、諸々の縁は、全…

★『教海覚舟』〈教えの海悟りの舟〉(50-8)(私家版“)

三、不浄の修習 …………………………………………………………………………“Vannasanthānagandheh, āsay‘okāsato tathā, Patikkūlāni kāye me, kunapāni dvīsolasa. “…………………… “この様な色彩、形状、臭い、所依処と外観、私の32個の(部分)は、(死体の如く)厭悪する。“ …………………………………………

『智慧の光』(3-6)<K氏依頼分>

ここにおいて、仏陀はあなたに以下の様に言う。ある同じ場所において、息の全体(全息)を、始めから終わりまで覚知し続ける事。あなたがこの様に修習する時、禅相は生起する可能性がある。。。……………………………… もし、この様であった時、注意力をすぐに禅相に向け…

『智慧の光』(3-5)(K氏依頼分)

【原稿P7】この段階において、あなたは入出息の長短に対して、覚知を育成しなければならない。ここで言う長短とは、寸法の事を言うのではなく、時間の長さを指している。一つ一つの、入出息の時間の長さを覚知する事を通して、あなたは入出息の時間がある時…

君は誰だ?話が違う!

繊細なバラ、ラビスゥ゙ェールが育って一番花か咲きました。よかった〜!と喜んでいましたら、今年新苗で購入しました デスタンス・ドラムス が二番花をつけました。。。……………………………………………………………………しかし、しかし、君は誰だ? ………………… デスタンス・ドラムス…

ラビスゥ゙ェール

精舎の庭にバラが咲きました。園芸下手な私としては上出来な、その名も《ラビスゥ゙ェール》。白に少し緑・ブルー・紫がかっていますので、ラピスラズリに因んだ名前でしようか? 最初に植えた場所が悪く、半枯れの所を日向に移植し直したら、元気になりまし…

自主的雨安居始めます

南伝仏教系サンガの今年の雨安居は7月21日からです。私、緬甸国パオ森林僧院所属のサヤレー、早めの雨安居・自主的雨安居、始めます。。。。自主的雨安居、宣言してもしなくても、どのみち独居の精舍住まい。私一人【無言の行】に沈潜しても、誰にも迷惑をか…

『智慧の光』(3-4)(K氏依頼分)

一回又は二回程の坐禅の後、もし、あなたが未だよく専注する事が出来ないと感じるならば、あなたは、《清浄道論》の中において提案されている所の、数息法を採用するべきである。この方法は、あなたが定力を育成するのに助力してくれる。あなたは、一回毎の…

パオ・サヤドー著《業》(2-7)(私家版)

無明(avijjā)とは何か?《清浄道論》…脚注6。(Visuddhimagga)では以下の様に説明する。“勝義上には存在しない所(paramatthatoavijjamānesu)の、女、男等に奔走し、【勝義上】存在する所(vijjamānesu)の、諸々の蘊等に奔走しない。故に、‘‘無明“と言う。“ ……

★『教海覚舟』〈教えの海悟りの舟〉(50-7)(私家版)

二、慈心の修習 “ Sukhī bhaveyyam niddukho, aham aiccam aham viya, Hitā ca me sukhī hontu, majjhattātha ca verino.“ “私が苦無く、常に楽しくあります様にと、願う! 私と同じ様に、私に利益する者、中立の者、怨敵の者が、皆、楽しくある様に願う! “…

『智慧の光』(3-3)<K氏依頼分>

もし、あなたがそれらに注意を払うならば、あなたは四界分別観を修行している事になり、それは入出息念ではなくなる。共相とは、息の無常、苦、無我の三相の事である。この事は、“入る、出る、無常“ 又は“入る、出る、苦“ 又は “入る、出る、無我“ と注意を…

パオ・サヤドー著《業》(2-6)(私家版)

無明と渇愛は、行為をして業力を備わせしめるに必要な要素である。業力(kammaーsatti)とは即ち、意志を伴う身行、語行、意行であり、それは業果(kammaーvipāka)を生じせしめる事のできる潜在的エネルギーである。この種の潜在的エネルギーは又“異刹那業“(nān…

★『教海覚舟』〈教えの海悟りの舟〉(50-6)(私家版)

“Dayāya pāramī citvā paññāyattānamuddhari, Uddharī sabbadhāmme ca dāyāyaññe ca uddhari。 “ “ 憐憫により波羅蜜を積む。智慧を通して己を高める。一切の法より上において高まる。憐憫により他人を引っ張り上げる。“ “Dissamāno pi tāvassa rūpakāyo aci…

『智慧の光』(3-1/2)<K氏依頼分>

原稿P6。………………………………………………………………【第三章】 入出息念…………………………………… 二種の入門法…………………………………………………… ここで解説するのは、一番目の、進む道に関するものである。即ち入出息念を入門とする禅修行の事である。。……………………………… 仏陀は《大念処経》(Mahāsati…

『智慧の光』(2-9)<K氏依頼分>

【訳注】4=漢訳《南伝大蔵経》十八《6相応部》六。。。…………5=漢訳《南伝大蔵経》七《長部経典》二。。 ………… 6=括弧内の数字は、パーリ聖典協会で使われているもの。。。。…………………… 7=第三版では、samāpattiの意味内容を、獲得、到達、成就とし、故…

パオ・サヤドー著《業》(2-5)(私家版)

ここにおいて、仏陀は、生死輪廻について語ったーー異なる生存界の間において流転(sandhāvatam)する事 (今は人間で、その後は天人で、その後は畜生で、次に人間に戻る、等。) 及び同じ一つの生存界において流転する(ssmssratam)(何度も人間に生まれる、又は…

★『教海覚舟』〈教えの海悟りの舟〉(50-5)(私家版)

“Anekehi gunoghehi, sabbasattuttamo ahu, Anekehi upāyehi, naradamme damesi ca. “ “彼は多くの種類の功徳の聚を通して、一切の有情の最上者となった。多くの種類の方法で以て、調御するべき人を調御する。 “ “ Eko sabbassa lokassa, sabba sattānusāsak…

『智慧の光』(2-8)<K氏依頼分>

もし、禅の修行者が過去と未来の名色法を識別出来ないのであれぼ、彼はどの様な過去が今世の名色法を引き寄せたのかを知る事が出来ないし、又、どの様な現在の因がどの様な未来の名色法を引き寄せるかを、知る事が出来ない。故に、彼はすでに “縁摂受智“ (pa…

『智慧の光』(2-7)<K氏依頼分>

近行定又は安止定を育成して、観禅の修行の基礎とする禅修行者は、彼の定力が十分なレベルに到達した時に、もし彼が四界を識別するならば、非常に多くの極めて微細な “色聚“(rāpaママkalapa) を見る事が出来る。彼は更に進んで、諸々の色法の相、作用、現起、…

パオ・サヤドー著《業》(2-4)(私家版)

脚注1=(中国語版の)正体文字の上の数字は脚注番号である。(同)斜体文字の上の数字は尾注番号である。尾注とは、経文の引用等で、本章の末尾にある。……………………………… 脚注2=この二篇の《皮ベルト束縛経》の、パーリ経典の名前の意味は、gaddula(皮ベルト、皮…

★『教海覚舟』〈教えの海悟りの舟〉(50-3/4)(私家版)

“Vipassanādi vijjāhi, sīlādi cranehi ca, Susamiddhehi sampanno, gagan ābhehi nāyako.“ “観(智)等の明と戒等の諸々の行を、成功里に具足した。円満なる仏陀は天空の如くに(広い)。 “ Sammāgato subham thānam, amoghavacano ca so, Tividhassā pi lokass…

『智慧の光』(2-6)<K氏依頼分>

【有分に落ち込むのを涅槃を証悟したと誤認する】………………………………………………………………《清浄道論》(第四章32-33節)の中において、禅修行者は近行定のレベルの時に、有分に落ち込む可能性がある事に、言及している。。。………………………………………………………………それは以下の様に言う:…