Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2018-07-24から1日間の記事一覧

『阿羅漢向・阿羅漢果』2-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この決定的な時が到来した時、時間と空間に関する事柄は、淡くなって行って、それとは完全に関係がなくなった。 出現したのは、心という、燦爛とした、自然な光明で、私はすでに、更に重ねて、観察に供する何もの…

『阿羅漢向・阿羅漢果』2-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 究極的な危険が、その時、そこにあった。 究極的な危険な<点>とは、世間的実体の全体を創造する所の、光明の核心であった。 私は、永遠に忘れない。 あれは二月のことで、アチャン・マンの遺体が、荼毘に付され…

『阿羅漢向・阿羅漢果』2-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この段階において、(+私の内に)何ものも残っていないが故に、私は、この無明の輝くばかりの光明に、感嘆してしまった。 あの光明には一つの焦点があり、それはちょうどガス燈のシェードのようで、シェードは光…

般若の独り言~心のケア

先ほど、ITを見ていましたら(般若精舎にTVが無い為)、広告の欄に「60歳からのシミ対策」として、何やら高級なクリームの販売のお知らせがありました。 60歳からシミ対策? 何のために? これから貴女は、恋愛しますか? 美しいおばぁちゃんになりたい? …

『阿羅漢向・阿羅漢果』2-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 阿羅漢果:法の震撼の内に落涙する <2002年5月2日アチャン・マハー・ブーワ尊者89歳の開示> <死>の真相は、まさに、心の中に存在する。 死と生は、皆、ここにおいて、ある。 心自身には、生もなければ、死も…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-51

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 真正なる無明の内側には、多くの、殊勝で神奇なものの焦点が隠されているーー我々が想像もできないものが。 これら、人をして汚染されうる要素は、ちょうど、少量でも十分に動物を殺す事のできる、毒餌と同じであ…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-50

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 一切は自我を隠匿している事、自我の存在は本質的な表現である事、これらは皆、無明の作用による。 これら表現の存在は、真正なる無明がいまだ原住所から一歩たりとも、動かない事を意味する。 (+我々が実践す…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-49★

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 空(クウ。以下記載のないものは同様)のレベルにおいては、色々な、異なった体験が許される。 サマーディは、その内の、一つのレベルである。 高く深いサマーディの中で、身体と思惟心は、暫定的に、覚知の中か…