Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-3

上記(No2)に関して、注疏では、以下のように解説している。

実際は、仏陀には、特別疑問はなかった。というのも、彼は菩提樹

下で開悟した時、已に完全に、自己の煩悩を根絶やしにしたから

である。

当該の疑問は、単なる修飾的な意味合いしか持たない:「是否」は、

ただ修飾的に用いられているのである。未だ疑心のある人は、

究極的な悟りに到達する事はできない。故に、この部分は、

修飾的な働きのみであって、諸仏は、その智でもって、一切の、

自分が知りたいと思う事柄を、知ることができる。

上記の文章を参考に考えるに、仏陀は、10人、または12人くらいの

比丘が一か所において、共に住んでいるのを見たことが

無かったのかもしれない。(つづく)

訳者コメント:仏陀の一切智とは何か?について、色々意見がある

ようです。仏陀はどのような過ちも犯さないスーパーマンなのか?

それとも・・・私はあまり神格化したくない方ですが・・・、

タイで聞いた、ゴータマ仏陀の小さな失敗談・・・というのが

好きなんです(笑)。

 (<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)