wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)~181-6

《清浄道論》の中で、彼が自分自身の考えを表明した部分は、ただ一回、出現するに過ぎない。

彼は言う:

「我々の、この事柄に対する選択・決定は以下の通りである」と。(清浄道論・第13品)。

また、《中部 Majjhima Nikāya》の注釈の中で、彼は一度だけ、以下の事柄を表明している。

彼は言う:

「古代の尊者たちは、この種の観点を提起しなかった。これは私個人の見解である。」(中部)。

これら、ほんの少々の、非常に少ない例のみが、彼の個人的な観点を述べたものと、理解される。

《長部・Dīgha Nikāya》の注釈の中で、彼はまた言う:

「私自身の見解は、威信も権威も全くなく、経の義理(=意味、含意)に合致する時にだけ、それは受け入れることができる。」と。(長部)。

以上の事から、彼は決して、己の見解に基づいて注釈を書いているのではないことが、分かる。

ある種の人々は、覚音論師を批判するが、それは間違っている。

というのも、彼は、古代から伝承された注釈を翻訳しただけ、なのであるから。

たとえば、《清浄道論》の中の《説縁起品》は、完全に《迷惑氷消》の内容を翻訳したものなのであって、そして、《迷惑氷消》は、《大注釈》の中の一部分なのであり、それは、仏陀が多くの経(たとえば、《因縁相応 Nidāna Saṁyutta》の全編)の中で語り、指導している所の縁起法の注釈なのである。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(181-7につづく)

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<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」1999年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>