Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~断捨離

日本で最初に断捨離を言い出した女性は、単に[家をきれいにしましょう]という種類の運動を提唱したのではなく、

『断捨離には己の生き方が反映される』

『断捨離とは、己はどの様に生きたいのか?

という人生の本質を問うものだ』

と述べているのを、どこかで読んだ事があります。

私も、この度、精舎の書斎と居間の床のリフォームをしたついでに、いらない品物を相当量捨てました。

捨てたものの内、最も多かったのは

★使いかけのノート(山ほど)

ーーたとえば、緬甸語を覚えようとして、発音記号や単語を書き連ねて、途中でやめてしまったもの。

語学習得挫折の証拠物件(笑)

★気に入った著者の著作のメモ、一覧表

ーーその中の、本当に気に入ったものは、即買いして読んでしまっていて、書名をメモして、その後に忘れてしまったものは、元々興味がないもので、実は、永遠に読まないのです。

書籍一覧表は、虚しい(笑)

謡曲の和綴じの本、一式。

ーーこれはもったいないなぁ、決心が鈍る。

能や謡曲には、日本の風土に順応・土着し、日本風に変化した仏教観や、日本人の身体論が反映されていて、大変興味深いのだけれども、テーラワーダで出家したサヤレーは、歌を習ったり、歌を歌ったりする事ができないし・・・私に謡曲を教えてくださった先生も、老齢で引退されたので、もう二度と謡曲を習う事はないのだけれど・・・。

和綴じの本に、愛着が・・・

惜譲か・・・

思い切って捨てるか・・・

誰か貰ってくれないかなぁ、と迷い始めると、捨てられないのですよね。

で、謡曲の本が聞いて来るのです:

「わたしを本棚に積み上げて、埃まみれにして、一体貴女は、どの様な生き方をしたいのですか?」と。

う~~ん、困った。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

 

 

 

般若の独り言~新しき皮袋

精舎の書斎と居間(間取りの都合で半分通路みたいになっている部屋)の床を、畳から、フローリング(檜&杉)に替えました。

工事は、いつも誠実に仕事をして下さる、馴染みの大工さんにお願いしました。

私が、自分の好みの床材を自分で勝手に調達した為、大工さんはため息交じり・・・

彼お勧めの集成材(大判タイプ)にすれば、張替え作業は、とても簡単なのだそうですが、私が無垢材に拘り、その上節約のために B級品を(自分でインターネットで)買ったものだから、すこしオカンムリ。

素人目にも、無垢板は集成材より作業が三倍も困難なことは見ていて分かりましたから(築 50年の古家は微妙に歪んでいて、四隅は、きっちり 90度ではないのです)、大変に申し訳なく、お弁当を差し入れして・・・。

昨日、ようやく作業が完了しました。

20年来頑張ってきた、仏教書の翻訳はもうありませから、パソコンは、朝と夕に、ちょっと覗くだけなので、書斎のレイアウトを思い切って変更して、少しでものびのび暮らせる様に工夫しました(この家に引っ越してきて 8年、

<床の間>は一度も、花を飾ったり、掛け軸を掛けたりした事がないので、思い切って本棚にしてしまいました。

しきたりを大事にする昔の人が見たら、吃驚するでしょうね)。

来年の春、Ven. U Puññānanda Sayādaw の訪日弘法を成功させた後、私もいよいよ修行の旅に出たいものだと思っています。

新しい酒は新しい皮袋に盛ろう・・・

気分一新、盆地に吹く風は涼しく、精舎も風通しよく、さわやかな秋になりました。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

般若の独り言~マウンティングー2

昨日、

<マウンティングー1>で、

仏教徒はマウンティングなどしないものだ」と書きましたが、まぁ、それは相当に悟った人間でないと、実践できないのかも、知れないです。

つらつら考えるに、ある人の言説をマウンティングだと言って批判するのは、当方にも「マウンティングされた」という被害者意識がある訳で、心理的レベルで言えば、どっこいどっこいかも・・・^^;(注)

卒業した有名大学とか、過去に勤めていた大手企業の名称を連呼されると、これは明らかなマウンティングでしょうが、

子供がこんど東京で就職して・・・

とか

東京から、孫が遊びに来ている・・・

とか、そんな何気ない会話であっても、

子供や孫のいない人、その事を気にやんでいる人からみれば、それはマウンティングになる訳で・・・。

考えてみれば、私も、これに類した事は言ってますねぇ・・・^^;

タイのアチャン・チャーが

「悟っている人は何をしても正しく、

悟っていない人は、何をしても間違っている」

と言いましたが、

やはり、悟っていない凡夫(有身見のある人)は、たとえ善意からした事であっても、心は、微妙に汚染しているのかも知れませんね。

(注)「これは私に対するマウンティングである」と認識した上で、ネガティブな感情に引きずられがちな、己の心を即座に、一刹那のうちに捨する、のが正解かと思います。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

般若の独り言~マウンティング-1

世の中には、マウンティングが好きな御人がいる。

本来、マウンティングというのは、猿とか犬など、集団で生活する動物が、己の集団の中における地位、立ち位置を確認する為に行う行為であるけれども、人間で屡、これが好きな人がいて、閉口する。

私はすでに御年 70 で、日常生活における、私の茶飲み友達も皆、老婆が多いのだけれど、その内、いにしえの出身大学、または勤めていた、大手の職場の名前を、頻繁に連呼する方がいる。

この方々は、今はすでに、棺桶に片足つっこんでいるというのに、若い頃に味わった優越感から抜け出せないらしい・・・そんな優越感なんて、あなたの心の中にしかない、幻の優越感なのに・・・。

仏教徒は、マウンティングなんて、絶対にしない。

なぜなら、仏教徒の最強・最大の教師であるゴータマ仏陀は、2600年前に、おひとりで、世界の実相は色(=素粒子)と心、心所、涅槃である事を発見して、それを巧みな言説で、我々に教えてくれたのだけれども(三法印、八正道)、その奇跡、功徳を超えうる人間は、今の世の中、誰ひとりとして、存在しないから。

私も、35年座禅・瞑想してきて、この間、多少の心得を得たものの、ゴータマ仏陀が自ら発見し、我々に示された教えの内容と比べてみれば、己がどれほど小さな存在であるかが、知れる・・・別に、私が特別に謙虚なのではなく、ダンマの世界を知れば知る程、それが当然の帰結なのだ、と思われる。

仏教徒は、マウンティングなど、全くもって恥ずかしくて出来ないし、率先して慎むべきである、と思っている。

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

 

般若の独り言~さぁ、買い物だぁ!?

日は、隣町にある 100均、ダ〇ソーまで行ってきました。別に 10月に消費税が上がるから、という訳でもありません。私の買い物の量は ビビたるもので、駆け込みで節約しても、大した額にもなりません。

実は、以前見て気になっていた

<Mountain Explobation>

という水入れ(蛇口の付いた保水瓶)を、購入したかったのです。

来春 Ven. U Puññānanda Sayadaw が来日される予定ですが、午後のお飲物は何がよいか、お尋ねしましたら、

「我々は、午後は、水しか飲まない」

とおっしゃるのです(注)。

ペットボトルのミネラルウォータを準備するとしたら、

三人(Sayādaw、尊者、カピヤ) *3本*5日=45本。

これ、ダースで、ド~ンと買っておけばよいのでしょうが、そうすると、Sayadaw ご一行が緬甸へお帰りになった後には、プラスチックの山が・・・今、海の動物たちの、胃の中の残留物に微粒プラスチックがあって、問題になっていますよね。

そんなことを考えていたら、我が盆地には、周辺に、名水を湧する場所が多々あるのを思いだし・・・黒岳の男池、霧島神社、菊屋工場の敷地内・・・イエ、菊屋というのは、大学病院に行った帰りに、たまに寄って、ケーキを購入する工場直販店です・・・そこには、工場の片隅にひっそりと、汲み取り自由の湧水があるのです・・・^^:。

我が精舎の水も、山からの引き水ですが、Sayadaw には、特に名高い名水を汲んで来て、お飲み頂こうかと思いまして・・・ポリプロピレンで出来た 3.8L 入りの瓶、下方にコックがついていて、コックをひねると、水が下から出て来て、カップで受けることができる・・・なかなかよく出来ていて 300円、確かめてみると Made in China でした。

東南アジアの方々は、水は買うもの、水道水なら一度沸かして、湯冷ましを飲むものと思っている様ですが、私が山から汲んできた湧水を、Mountain Explobation で差し上げたら、吃驚されるでしょうか?

今から楽しみです。

(注)テーラワーダの戒律でも、タイと緬甸では、微妙に異なります。タイでは午後、コーヒーも飲めますし、チョコレート、チーズを食することは可です。緬甸では、お茶、コーヒー、チョコレート、チーズなど、皆不可です。バターとはちみつと何か(漢方薬?)を一緒に練った、甘い食べ物は、OKです。

<緬甸パオ森林寺僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

 

 

般若の独り言~さぁ、お掃除だぁ!?

あれほど暑かった残暑も過ぎて、台風一過、毎日が涼しい。

さぁ、お掃除だ!

我が精舎の二階には、原生林に抱かれた美しい盆地を一望に見下す小さな和室があって、秋に台湾からおいでのサヤレーには、ここでお茶を飲んで頂こうと思う。

さぁ、お掃除だ!?

箒と掃除機、雑巾とスチームクリーナーで、ゴシゴシやるぞ!

と、いつになく張り切っていると、あら、本棚からダライ・ラマ猊下の本が出てきました・・・どれどれ何が書いてあるか・・・フムフム、難しいなぁ・・・。

私も一応、アビダンマに基づいて仏法を教える身であるからして、これくらいのレベルの本は、読破しなければならん!

テーラワーダ原始仏教)とチベット仏教の違いは・・・

はて、如何に?

お掃除が先か?

ダンマが先か?

それが問題だ(笑)。

(私は昔から、掃除をしている最中に、古い新聞などが出て来ると、そちらに夢中になってしまって、掃除が疎かになるのです・・・この癖、年をとっても変わりませんねぇ)

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

般若の独り言~タイからの風

昨夜、タイの僧院で修行されている日本人比丘長老から、電話を頂きました。

開頭に、

「『常自覚』って中国語、パーリ語では何に相当するか?」

という質問を頂きまして、

「『サンパジャッニャ』ではないでしょうか?」

とお答えしました

私も、パーリ語は短期集中講座くらいしか受けていないので、思いつくのはこれくらい・・・間違っていたら済みません(今まで色々な仏教書を翻訳しましたけれど、この様な表現は初めて聞きました。アチャン・ブッダダーサの本にあったそうです)。

後、「れいわの山本太郎都知事選に出るだろうか?」

という、えらくホットなニュースが出て来て・・・タイの山奥でも話題になっているのでしょうか?

でも、一番の話題は、

「嫉妬という不善心所って何か?」

「それを克服、昇華するには、どの様に修行すればよいのか?」

というものでした。

大は、ヨーロッパ文明に対する嫉妬と劣等感から、小は、隣の家の秀才に対する嫉妬と劣等感・・・まぁ、己の内心にくすぶる劣等感とそれに付随して生起する嫉妬心、またはその裏返しとしての傲慢と高慢・・・、人はこういう負の感情から、なかなか自由になれない・・・でも、それって、大部分は、他者に対する根拠なき妄想、妄念ではないですか?

「突然ドンとやってくる頓悟もいいけれど、地味に地味に、地道に地道に修行して、サンパジャッニャ(明覚)が開けて来る漸悟も、得難いものですね」

という会話で、秋の夜長は更けていったのでした。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>