Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

般若の独り言~福岡ダンマセンター仏教勉強会

この程、福岡ダンマセンター(FDC)におきまして、

私が講師を務めます<福岡ダンマセンター仏教勉強会>

のポスターが出来上がりました。

私は2011年から大分県に在住していますが、今年初めより、福岡ダンマセンターの講師を務めさせて頂いています。

《毎月第二日曜日、福岡市室見の少童神社にて。

午前9:00から自主瞑想、10:30よりアビダンマ講座》

です(詳しくはFDC<HP>ご参照の事)。

私、サヤレーとして、講師としてのモットーは、誰とでも、どのような問題でも、真摯に話し合う、事です。

無常・苦・無我(非我・空)、涅槃を説く仏教は唯一無二ではありますが、それは決してドグマなどではありません。真理を求めて、真摯に生きている人々は、宗教の別なく、苦海に生きる輩(ともがら)である、と私は思います。

ただでさえ生きにくい世の中、思想、信条の争いはやめて、仏法を、己を振り返る縁(よすが)として頂ければと思います。

<福岡ダンマセンター仏教勉強会>九州在住の方々の

ご参加をお待ちしています。

追伸:現在は「37道品ハンドブック」(Ledī sayādaw著)を講読しています。

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

般若の独り言~オハナがワンワンワン

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毎日まだまだ暑いですね。

我が精舎も余りの暑さに、クーラーを入れました(購入したのは去年ですが)。

家屋の壁に穴をあけるのがいやで、床置き式にしました所、ゴーゴー音が、すごい。まぁ、実質使用期間は一か月くらいですから、我慢我慢。

オハナ(ペキニーズ・雄・12歳)は、玄関からすぐの、洗面所の前の板敷きの床が涼しいらしく、一日中そこで寝そべっています。

で、午後三時になるとワンワンワン・・・おかあちゃん、おしっこ、それからご飯も・・・という訳。

とてもお利口さんです。

この子は、山の中を彷徨っていて保護された捨て犬ですが、我が精舎に来て7年、去年の冬の余りの寒さに、何日か私のベッドに寝かせてから、急速に心を開いてくれるようになりました。

おやつが欲しい時は、前足で、私の背中をチョンチョン。

ご飯の時はワンワンワン。

私がトイレシーツを敷くのを忘れた時は、ワンワンワンと知らせてくれて、敷き終わるまで、排泄を待ってくれます。

言葉を話せない動物は、可愛がってあげればそのように反応し、虐めれば、怖れと恨みの心で返すでしょう。

人間は、言った言わないで喧嘩しますが、動物はあなたの心の中身で勝負してきます。気持ちがいいですね。

    <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

 

 

般若の独り言~退路を断つ決意

★私のライフワークでありました仏教書の翻訳は終了しました。

智慧の光」「如実知見」「菩提資糧」(パオ・セヤドーシリーズ)

「37道品ハンドブック」「Vipassanaハンドブック」(Ledī sayādaw シリーズ)

「掌中の葉」「24縁発趣論」「基礎発趣論」「メーチ・ケーウの物語」

「阿羅漢向・阿羅漢果」などなど(約20冊)を講読希望の方は、ブログの中から見つけてご閲覧下さい。一部は<菩提樹文庫>にても掲載されています。

 

昨日、当ブログで『退路を断たない智慧』を書きました。

それは、同じ日に報道された、中国で起きた高僧のセクハラ問題からインスピレーションを得て、出家者が自分を守る為の方便を提起したものです(『中国よお前もか』参照の事)。

海外(東南アジアのテーラワーダ圏)へ出て修行する時、出来れば日本に、住まいや多少の金銀を残して行くように。友人も確保しておくといいでしょう。

「不退転の決意」は言うは易く、貫徹するのはなかなか難しい故の、老婆心からの助言でありますが・・・。

 

しかし、事情は、人それぞれな訳で・・・。

アチャン・チャーは

「あなたは、ある人には右に行けと言い、別の人には左へ行けと言う。一体どっちが正しいのだ」

と非難された時に

「私は一人一人の問題点をよく観察して、その人が正道に戻るよう指導しているのだ」

と答えています。

私がブログに「退路を断たない智慧」を書いたからと言って、「すべての人が退路を確保して後、修行するべきだ」と言っている訳ではありません。

自分の置かれている状況、条件をよく考えて、その中で

最善を尽くす。

もし退路を断つ方が自分には相応しい、それしかない、と思えばそのようにして下さい。ただし、どちらを選らんでも、自己責任である事を忘れないで下さい。

追伸:佐々井秀嶺師はインドに骨を埋める覚悟のようですが・・・それでも去年、四国土佐町で講演した時は「故郷はなにもかもがいい」と言っていました。己の弱さを認められる人は強い、のではないでしょうか?

上記講演会は、インドで佐々井師と知り合った、私の息子が主催しました。4000人の

過疎村で佐々井師の講演会・・・全村あげての歓迎、奇跡のような、心和む、とてもよい会でした。その時の様子は《とさちょうものがたり》HPで見ることが出来ます。

   <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

般若の独り言~退路を断たない智慧

午前中に当ブログにおいて、ヤフーニュースで見た所の「中国仏教協会会長セクハラ告発」への、私の意見を書いてみました(「中国よお前もか」参照)。

キリスト教関連施設の性的虐待を見てもそうですが、出家女性が修道院や寺院などに入ると、その組織のトップである男性聖職者に従わなければならない状況が発生する事は、想像に難くありません。

特に、実家と縁を切って出家した女性は、帰っていく場所がないですし、「還俗は敗北だ」などと言われると、内部告発もできないまま、つい指導者の言われるままに、服従してしまうのでしょう(台湾では寺院での集団生活が嫌になった比丘、比丘尼は、申請すれば寺院を出る事ができるそうです。その時、自分一人で構える寺院は、精舎、と呼ばれます。)

私が 1980年代に、ダンマを学びに、タイの森林僧院に行っていた頃、聞いた話。

その頃から、日本でもテーラワーダの良い面が喧伝されて、タイで出家する日本人が、ぼつぼついました。

そして、彼らは、日本での己の財産を全て処分してくるのです。

<不退転の決意>というやつです。

家を持っている人は家を売り、財産を持っている人は、

その財産を処分してきたりして。

しかし、そういう<意気込んで出家した人>程、失望感、挫折感も大きくなります。

テーラワーダの僧院・寺院と言えども、聖者預流果の集まりでも、阿羅漢の集まりでもありません。ほとんどの出家者は、あなたと同じ、昨日まで在家だった凡夫である訳で、テーラワーダの僧院も、一部指導者を除いて、ほとんどは凡夫の集合体と考えた方がよいでしょう。

故に、色々と問題は起きます。

その時、不退転で出家した日本の方は、「こんなはずではなかった」と言って、唇をかみます。

そして日本に帰ろうとするのですが、その時に、日本には自分の居場所がない事に気が付きます。財産を処分して、友人を断って来たが為に、帰るに帰れないのです。

寺院、僧院はおとぎ話に出てくる浄土や天国でもなんでもないのです。

テーラワーダ系の寺院で出家して修行に専念する覚悟であっても、退路は断たない事です(異郷で修行に成功したとしても、人は故郷が恋しいものですし・・・)。

「退路を断つな」

これが、私がタイの森林僧院の住職さんから聞いた、日本人出家希望者への戒めの言葉です。

     <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

 

般若の独り言~中国よお前もか

本日、ヤフーニュースを見ていましたら(我が精舎に 

TV がないため、ニュースは IT から収集しています)、

仰天ニュースが・・・。

中国仏教協会会長(中国語の原文なら<主席>と表記されると思いますが)が、セクハラで訴えられる!

13億中国人民の内、正式に仏教徒を広言する信徒は1億人で(当該のニュース記載による)、その組織のトップ

釈学誠がセクハラ!

訴えたのは彼の秘書のような役職(都監)を担当していた尼僧2名(釈賢佳尼、釈賢啓尼)。尼僧さん方は、戒律編纂の事業も担当していたらしい。

そりゃ、告発もしますわよ。

当該の会長は、携帯電話のショート・メッセージを使って、多くの尼僧と、性的な会話をしていたそうな。

そして、密教にある男女双修を持ちかけて・・・。

いやはや、どこかで聞いたような、デジャブ感がすごいです。

彼の手口、「高僧である私を嫌うのは、あなたの心が穢れているからであって、それを治したいのであれば、今すぐ私の言うことを聞きなさい・・・」

これって、どこかで聞いた事有りませか?

再度言います。

仏教は、己の心を見つめて、承認欲求を超えて(抑えるのではなくて超える)、他者に依存しないで、自立的に生きるための、教えです。

仏陀は、権威、権力、幹部、上司、指導者に盲従せよとは、言わないのです。

特に、女性の方々は、男性の指導者に心酔してしまうと、非常に危険な事は、近年日本のテーラワーダ関連で起こった事件、上記中国で起こった事件、また、キリスト教の内部で起こった性的虐待事件に関する最近の報道を見れば明らかです。

指導者に心酔しない。

法を実践する、すなわち己の心をよく見つめて、無常・苦・無我を知るための修行をする、戒律(五戒)を守る

<以戒為師>が肝要です。

女性は、今の社会情勢の中においては、まだまだ弱者です。それでも、権力に阿る事なく、権威に阿る事無く、

男性に阿る事無く、生きて行きたいものだと思います

(それにしても、釈学誠は、自分の行為がバレないとでも思っていたのでしょうか?携帯電話の性的ショート・メッセージが<魚拓>になっているというのに・・・)。

(追伸:トップ住職のセクハラを訴えた二名の尼僧さん、その勇気を称えます。

#Me tooが続いて、彼女たちが弾圧されないようにと、願っています)

     <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

 

般若の独り言~まぜるな危険(チャクラについて)

昨日、アジナ・チャクラ(第三の目)を開発している方から、質問がありました。

チャクラの開発に関して、専門の指導者についていらっしゃるのかどうかは、確認しておりませんが、禅病持ちであるとの事なので、少々、私の見聞を書いてみます。

我々の身体には、目で見える肉体以外に、エネルギーで構成された、目に見えない体が、鞘状になっていると言われます。

幽体とかコザール体とか言われます。

このエネルギーで出来た鞘状の身体には、エネルギーの中枢というのがあります。

台風の目みたいなものでしょうか?

その内、額にあるのがアジナ・チャクラで、<第三の目>と言われます。

それは、このチャクラが開く(機能を全開させる)と、物体を透視する力が備わるからです。

中国では、気功という修行方法がありますが、これも大昔から、中国人が、目で見える肉体以外に、エネルギーの鞘体がある事を知っていた証左になります。中国人の発明した鍼灸は、肉体に針を刺しているのではなくて、エネルギー体に針を刺しています。

インドのチャクラは 7つを数え、中国の経絡は360

を数えます。中国では、小さなチャクラも落とさず、そのすべてを合計すると360になる、という事のようです。

さて、本題ですが、テーラワーダのパオ・メソッドでは、「智慧の光」を開発しますが、チャクラの開発はしません。

40の業処のどれかを修習して、nimittaが生じたならば、その後は、心臓にある心基を観ずる事、

32身分すなわち、自他の身体を智慧の光で観察する事、

縁起の観察、名色の区別の観察、16観智等、

すべて「智慧の光」(nimitta)に依ります。

20年前、私がモーラミャインのパオ本山で修行していた時、台湾から大勢の比丘尼さんたちが来ていましたが、

彼女たちは、休み時間に林の中に入って、こっそり

<気功>太極拳>をやっていました。

「なぜ隠れてやるのか?」と聞いてみましたら、「パオ・セヤドーに禁止されているから」との事でした。

パオ・メソッドでは、「智慧の光」を開発して、16観智の修行に進み、最終的には涅槃を目指します。

密教やヒンズーでは、チャクラを開発して、悟りを目指します(ヒンズーなら目指しているのは、真我という事になります)。

気功なら、仙人を目指します。

これらは目標が異なり、方法論も異なりますから、これらを不用意にまぜると、非常に危険です。

中国人、台湾人は<気功>を、ラジオ体操くらいに思って実践する人が多く、そのレベルなら問題ないのですが、もし、その動作(ゆっくりと気を回す)が、何等の心理的な準備もなしに、不用意に丹田などの、チャクラの開発と結びついてしまうと、非常に危険なのです(『クンダリニー』という本には、不用意にチャクラが開いた為に、非常に苦しんだ人の半生記が書かれています)。

パオ・セヤドーが、台湾の比丘尼さんたちに、<気功>

太極拳>を禁止したのは、パオ・メソッドでは、チャクラの開発を目指さないし、両立する事が出来ない、否、無理に同時進行すると、非常に危険だからです。

 パオ・メソッドでは、神通を開発するのは、別の方法で行いますし、開発する身体部位も異なります。興味のある方は、四禅に入れるようになったら、パオに行って相談されて下さい。

まぜるな危険。

これだけは覚えておいて下さい。

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

般若の独り言~台湾の仏教

昨日、「今後、仏教書の翻訳はしない」という告知を出しました所、<日本は仏陀のダンマをきちんと説明できる僧侶がいないので困る>という趣旨の、ご意見を頂きました。

本当にその通りで、私が仏法を学びたいと思い始めた子供の頃(5歳の頃)から、原始仏教に出会うまで、30年の歳月がかかりました。

それもわざわざ、タイの森林僧院まで<留学>せねばならなかったのです。

今、台湾に行ってみると、大乗の僧侶も頑張っていますし、大乗はチト・・・というテーラワーダ派の方々も、また頑張っています。

台湾の大乗は、台湾が日本の植民地だった頃は堕落していて、あまりよくなかったそうです。今の日本の僧侶の形態をみれば分かりますよね・・・。

台湾光復後、台湾在住の日本人僧侶は日本に帰国し、その後、5人の僧侶が、そのカリスマ性でもって、台湾の仏教界を改革しました。

その内の4人は、中国からやって来た、太虚和尚の系列の僧侶で、もう一人は、台湾生まれの尼僧、証厳慈済尼です。

当時、街角に立って、金銭の布施があった時は、自分の私物を買うのに使ってもよい風潮であったのを、彼女はそれには一切手を付けず、そのお金を貯めて、病院や学校を建てていったそうです(初診の5元を払うと、後は無料で受診できる病院を建てて、台湾人に熱狂的に歓迎されましたた)。

台湾の仏教は、大乗はそれなりに健全であり、その上で、テーラワーダが好きな人々もまた、健闘している、という感じでしょうか。

テーラワーダ派からすれば大乗経典は偽経ですが、菩薩の献身という意味では、台湾の大乗は健闘していると、私は思います。

翻って、日本はどうでしょうか?

日本の僧侶には、寺に住み、僧侶とか比丘とかを名乗る以上は、梵行を守って頂きたい(僧侶が家庭を持つことを戒律違反だと思わない、そういう緩んだ感性を、私は採らない)。

道心・果心とまでは言わなくとも、多少でも悟り体験の無い僧侶は、ダンマの説明をできないのですから、若い内は修行に専念して頂きたい。

日本仏教界の現状・旧弊は、<在家の仏教好き>が少々頑張っても打ち破れるものではないと思いますが、台湾のように改革が成功する日が来る事を、祈願しています。

追伸:台湾の仏教は基本、臨済宗が多いです。曹洞宗は廃れてしまいました。チベット人僧侶がチベット密教を教えている寺院もあります。

独立した<念仏宗><浄土宗>というものはなく、念仏は、禅宗の座禅修行の一部として捉えられています。テーラワーダでいう所の<仏随念>の扱いです。

    <緬甸パオ森林寺院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>