Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

禅病を超えて

長年の修行の偏差、片寄り(身体上の、7つのチャクラの開き方が不均衡なまま、安般念を修行し続けたのが主な原因)から、禅病を発症したのが、今年の3月上旬でした。

実は私の禅病は、20年前からすでに発症していたのです・・・

20年前、緬甸の森林寺院で修行していた時、座禅・瞑想して、意識が一点に集中すると、決まって顔面(頬)が痛い、頭痛がする、などの症状がありましたが、

『これは禅病だ、気功師かヒーラーを見つけて、治療しなければならない』

と、明確に自覚したのが今年の3月上旬です。

本日7月4日で、発症より、ほぼ4か月が経ちました。

経過をご報告いたします。

最初(3月下旬頃)は、我が精舎から車で20分ほどの所にお住いの、インドで修行されたヒーラー先生(男性)を頼り、頭に昇った<(邪)気>のせいで、不安感と不快感がマックスになるたびに 《手当て》 をして頂いて、何とか急場を凌ぎました。

この間、

『この病気は難病で、罹患した人の多くが絶望の為、自死している』

と、ヒーラーのHさん(女性)に言われましたが、私の体験では、禅病は、必要以上に自分の<気>が見えて(=感じ取って)、また、それをコントロールする方法が分からない為、不安と不快感で絶望する事はありますが、

(邪)気が引き起す禅病自体は、死を導く事は決してありません。根気よく意守丹田して、<(邪)気>を下丹田に降ろして行けば、やがて快癒します。

特殊な場所に癌を発症した患者に

『あなたの癌は特殊ですから、生存率0%です。

この癌の場合、自殺する人も多いです』

などと、余命宣告はともかく、上記の様な事は、医師が決して言ってはならないのと同じ様に、禅病は治らない、自死する人も多い、などとヒーラーは決して言ってはなりませんし、事実に反します。

なお、私の様な単純なタイプの禅病で、よいヒーラーに出会えないときは、整体・整骨院などで、電気的治療をして頂いても、相当効果があります・・・あくまで、私の場合ですが、整骨院で電気的治療を受けた場合、頭部に溜まった<(邪)気>が、相当量、電気的刺激によって、下丹田に流れて行くのを感じる事ができます。

世の中に、私の様な不思議な禅病に罹患する人はごく稀でしょうが、万一罹患した時、相談できる環境がない場合が多いと思いますので、老婆心にて、上記、ブログに記しておきました。ご参考下さい。(尚、<気>の流れを正常に戻すのに、温泉(源泉の地熱)なども有効である事を、申し添えておきます)。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

 

老婆の独り言~自我の終焉

先日、水中運動を終えて、露天風呂で一服していた時、

顔見知りのおばさんが寄ってきて、

「私は我が強いから・・・直さなくてはねぇ」

と言います。

多分、私が坊主頭で、どこだかのお寺の尼僧である事を知っていて、僧侶の喜びそうな話題を提供してくれたのだと思いますが・・・。

我が強い、それを矯正する・・・ってどういう事なのか、私にはよく分からない所があります。

気が強い、頑固、出しゃばり、そんな性格は、人に恨みを買い易いので、少し大人しくした方がよい、という意味合いでしょうか?

仏教は、この様な仕方で自己否定を誘導する教えではない、と私は思っています。

心の働きの本質から言えば、他者との調和の為に我をひっこめればよい、という事ではなく(日本の同調圧力の強さと言ったら!)、心は、無常・苦・無我(または因縁生起、すなわち縁起)であるが故に、(その事に気が付いた者の)【自我は終焉する】のだと、私は思うのです。

若い頃、クリシュナムルティの『自我の終焉』という本の背表紙を見た時、私の心は、その題名だけでノックアウトされましたけれど(題名だけでノックアウトされた本はもう一冊、『不確定性の時代』)、新型コロナの為、海外にあるパオ系僧院へ修行に出られない今、クリシュナムルティをもう一度読んでみたいと思っています・・・若い頃の私には、クリシュナムルティは難しすぎましたので、要再読、要復習、という訳です。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

老婆の独り言~雨安居

雨、よく降りますね・・・といっても、梅雨なのですから、降って当然・・・私は雨降り、嫌いではないです・・・雨音を聞きながらお風呂に入ったり、本を読んだり、もいいものです(災害を齎す豪雨は困りますが)。

今年の雨安居、U Puññānandaサヤドー(パオ森林僧院出身の尊者)が、8月から台湾のお寺で安居され、瞑想の指導もするので、参加申し込みをしてあったのですが、新型コロナで、キャンセルとなりました(雨安居は実施するのですが、外国からの参加者は受け付けない事になったそうです)。

禅病が、大分改善されて、身・心ともに、大変に楽になりました・・・(頭頂部、額、喉、胸などにある)チャクラの開き方の不均衡によって、長年の間に、頭部に溜まってしまった<(邪)気>が、現在は、一呼吸ごと、自然に

丹田(気海)へ向かって流れ落ちる様になり、それに伴って、<(邪)気>が齎す不快感も、劇的に改善されました。

私の本来の修行方法でありました、安般念(出入息観)に戻りたい、戻れるでしょうか?

雨安居を利用して、この点を、U Puññānandaサヤドーに確認、ご指導頂きたかったのですが、今年は無理みたいですね。

暫く、一人で、試行錯誤するしかなさそうです。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

 

老婆の独り言~コガネムシと洗濯機

私は、心理学の中では、ユング心理学が好きです。

と言いましても、若い頃に書物(主に河合隼雄さんの本)を乱読しただけで、ユング心理学を正式に学んだわけではありません。

先日、私が罹患して困っている《禅病》に関して、不思議なことが起こりました・・・ユング心理学と通底している気がして、ここに書いてみます。

私は、全自動洗濯機が好きではなく、二槽式を使っています。

それが一年ほど前、排水機能が故障して、排水が出来なくなりました。

洗濯と脱水の機能は健在ですので、捨てるのももったいないと思い、小型ポンプを購入して、何とか急場を凌いでいました。

それが、先日、なぜか突然、排水機能が正常に戻り、汚れた洗濯水を、ドンドン排水してくれる様になりました。

私が不思議に思う事は、

1、その日早朝、私には

「もしかしたら、二槽式洗濯機の排水機能が、今日、回復するかも」

という予感があり、一年ぶりにスイッチを【排水】側に回してみると、なんと、ドッドッと、洗濯水が流れ出しました

2、その日に、禅病の症状が軽くなった事

(発症より3か月間、<意守丹田>の瞑想を続けたため、任脈が形成されて、<(邪)気>が下丹田へと流れやすくなった)。

これがなぜユング心理学と関連するのかと言いますと、

ユングが、ヒステリー症状の女性の心理カウンセリングをしていて、ある日、女性の元(カウンセリング室の窓辺)に、コガネムシが飛んで来た時、ユングは「この女性の病気は今、治った」と確信したのですね。

この女性がイギリス人かエジプト人か忘れましたが、この女性の生い立ち、文化背景に、コガネムシが朗報を持ってくるとか、何かそういう隠喩があるのだと思います。

私の任脈が形成されて、額の<第三の目>から、下丹田までがつながり、<(邪)気>が順次、体外に排出される様になった時、洗濯機の排水機能が直った、というのも、ある種の隠喩ではないかと、思います。

世界は自分の頭で考えるより広く、深く、面白いものかも知れませんね。

<緬甸パオ森林寺院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

老婆の独り言~まったりオハナ

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上の写真。私の相棒、オハナ(ペキニーズ、雄)です。

山の中に捨てられていて、動物愛護センターに保護された保護犬で、5歳(推定)の時に、我が精舎に引き取られ、現在14歳。

引き取った当初は、人間に捨てられた事を知ってか、性格は獰猛で落ち着きがありませんでしたが、何年か前の、非常に寒い冬の夜に、私のベッドに入れて一緒に寝た所、心を開いてくれて、甘えん坊(ツンデレ)になりました。

【「おいで」と呼ぶと、その走り寄ってくる姿は、どの犬種よりも一番可愛い】と、東京の某獣医さんが言っていましたが、ペキニーズは愛嬌があって、ヘソ天で甘えてくれると、嬉しいものです。

70歳以降、余生は、パオ僧院の海外分院で修行したいという計画は、新型コロナの行動自粛で、白紙となりました。

飛行機に乗って出かけて行って、掛単したお寺で発症したなら、受け入れ先に相当の迷惑をかける事になりますし・・・発症すれば、日本に帰りたくても帰れない・・・というのもやっかいです。

心の修行はどこにいても出来る・・・という意味では、日本で頑張るのも同じかなと・・・。

自分が罹患した<禅病>に関しての、発症の原理と治療方法の勉強をしてみたいと思っています。

気功師密教系の僧侶か、誰に学べばよいでしょうか、これから調べます。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

老婆の独り言~人種差別に思う

アメリカで、黒人のフロイド氏が、白人の警察官によって、8分以上の時間、膝で首を押さえつけられて、結果、

亡くなりました。

今、アメリカ、全世界が、彼への追悼と抗議のデモで荒れています。400年たっても、人種差別(白人至上主義)がこれほどすざましいとは、アメリカに住んだ事が無く、西洋の文化・思想に疎い私は、ちょっと実感がわきません・・・アメリカの建国には、原住民であるインディアンを虐殺した歴史があり、アメリカは、有色人種からの報復の恐怖から抜けられないという宿命を負っている、という事は分かります。

私は神戸生まれの台湾人三世ですが、小さい時に、差別はありましたね(今の日台友好は、嫌中の裏返しであり、いつ反転してもおかしくない)。

私が学ぶ華僑学校の校庭に、石を投げ込んで来る日本の子供がいましたし、一番困ったのは、高卒または大卒でも、華僑の子弟という事で、就職先がなかなか見つからない事でした。

田中角栄首相のご尽力で、日中国交が回復して後は、日中バイリンガルの利点を生かして、通訳・翻訳業の職を得る事ができましたが、正社員にはなれず、フリー契約でした。

今は、日中合弁会社が増えて、華僑の子弟は、私の若い頃より、仕事は見つけ易いようです(もっとも三世、四世になると、帰化する人が増えて、帰化すれば、就職問題は解決する事が多いです)。

ただ、弱い者(みかけ上の強者も含む)は、自分より更に弱い者を見つけて虐める・・・という精神構造は、誰でもが持っている心の闇だと思います。

私の祖母も日本語が出来ないはずなのに、

「日本の部落の人は・・・」

と、どこで覚えて来たのか、差別的な発言をしていました・・・

私が

「差別されている台湾人の自分が、他人を差別するってどうよ?」

咎めましたら、

祖母は率直に「すまない、もう二度と言わない」

と孫に謝ってくれましたので、彼女は、まだ良心的な方でしょう。

 

ある時、某フランス人が言っていました

「労働者移民に、フランスに来て貰おうとしたら、来たのは人間だった」

アメリカも、奴隷として、黒人をアメリカ大陸に連れて来たけれど、来たのは【人間】だった、という事です。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>

禅病の反省

私、禅病(多くの<気>が頭部に昇って停滞し、不快感あり)を発症して、3か月が経ちました。

幸い、精舎の近くにお住まいのヒーラー先生に出会う事ができ、時々先生に<手当て>をして頂きながら、どうにか、峠を越しましたので、現在は、初期のころの様な、困惑と不安感はなくなりました(いまだ症状は残っていて、不快感はあり、意守丹田は欠かせませんが)。

この3か月の間に気が付いた事があり、以下に記します。

<気>を下丹田に降ろすのに、

1、大股でドスドス、しっかり歩く(腹筋をしっかり使う) 

2、畑や庭仕事、その他、なんでもよいが、身体を使う仕事をしっかりやる

3、水泳

4、温泉につかる

等が、よい。

昔の人が(今の人でも?)、

1、勉強ばかりしないで、散歩にでも行ってきなさい、とか

2、気がめいるなら、温泉でも行ってきたら!とか

3、クヨクヨ考えてばかりいると、病気になるよ! とか

言っていたのは、<気>の事がよく分かっていたか、または<気>の作用に対して、何らかの知見や直感があったのでしょう。

私の禅病は、ヒーラー先生の見立てでは、私のチャクラの開き具合が不均等で、かつ熱心に安般念の修行をやりすぎたのが原因との事・・・タイ、緬甸の寺院で安般念の修行に取り組んだ時、人中の上の息を観察しないで、意識が鼻の中にあった可能性もあり・・・今となっては検証できず。

私の様な、二つ(三つ?)の悪条件がピッタリ同時に成立するのは、宝くじに当たるより稀かもしれませんが、禅病に限らず、病にならず、元気に生きていくには、

気持ちよく働き、

明るく前向き

(人の悪口は言わない)。

クヨクヨせず、毎日散歩、偶には温泉・・

なんだか昔から言い習わされてきた《当たり前の事》ですよね。

先人が積み上げてきた<常識>はあなどれない・・・という事です(間違った言い伝えもありますから、真贋を見分ける目が必要ですが)。

稚拙ではありますが、禅病になって、この3か月の間の治療の過程で得た知見を、書いてみました。ご参考下さい。

<緬甸パオ森林寺院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>