wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

2017-10-05から1日間の記事一覧

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6-7

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 提出問題之前、 (人に問題を問う前に) 先在内心尋找答案。 (まずは、己の心の内に向けて、答えを探すべし) 你找的話、 (あなたが探せば) 通常都能找到答案。 (大抵の答えは、心の内に、見つかるに違いない…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6-6(211/244 )

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> メーチ・ケーウは、森の中の薬草に詳しく、また、民間療法にも精通していた。 新しい道場に戻ると、彼女は即刻、付近の森に入って、根や茎などの薬草を探し、持ち帰って、老メーチの治療に用いた。 彼女は細心の…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 我們生下来従孩童到長大成人 (我々は、生まれてこの方、幼少の頃から成人するまで) 都依頼父母和師長。 (いつも、父母や教師を頼りとした) 我們能有今日都是由于他們的撫育、 (我々が今日あるのは、彼らの養…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6‐4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> とは言うものの、メーチ・ケーウは、教学に関して、善くて巧みな方便に、欠けていた。 畢竟、彼女は一人の純朴な、教育を受けた事のない、田舎の女性であった。 彼女は口下手で、自分の考えを述べる事も、上手で…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> メーチ・ケーウは、生まれつき、世を憂うタイプの人間であったーー深く、同胞の、心霊的な人生の結末を憐れんだ。 今、彼女の心は、無上なる法の実相を証得して、人類の一切の概念を超越したが、しかし、どのよう…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 続けて何日間も、メーチ・ケーウは、証悟した所の本性に、沈潜していた。 彼女が、以前非常に愛惜していた光明心は、相対的に、今となっては、粗野で狭量なもので、両者の違いは、黄金と牛糞のように、思えた。 …

是誰庵のひとやすみ~真我と涅槃

メーチ・ケーウ、悟りましたね、涅槃を! 原文で、P198の所で(笑)。 ほっとしました! メーチ・ケーウが涅槃を悟る場面の、その前後の辺りを翻訳していて、<真我無明>という言葉に出会いました。 真我というのは心が「私は真我である」と思っている以上…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 第四章 清浄ーー円満果証 有人説要証涅槃、 (涅槃を証したいと思い) 于是伸長頸項望向天上広闊的虚空。 (首を伸ばして、空の上の、広い虚空を望む) 他們没有意識到不管多麽用功望多麽遠、 (彼らは、どのよう…