Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

『阿羅漢向・阿羅漢果』4-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

心は極端なほど微細である。

その為に、それがどのような構造になっているのかを、明確にする事を、難しくさせている。

唯一、心が、ある一定のレベルの禅定を証得する時のみ、その本質は突出する。

経験のある禅者であっても、心の本質を理解するのは難しい、彼がサマーディを証得しているのでなければ。

心は身体の中に安住してはいるものの、しかし、私はそれを偵察して見つけ出す事は困難である。

それはそれ程までに微細なのである。

それは、全身に遍布しており、我々は、この部分が真正なる心であるとか、あの部分が真正なる心であるとかを言えない。

それは微細すぎて、禅の修行を実践する事によってしか、それを察知する事ができない。

禅の修行を通して、我々は心を分離する能力を身に着ける事によって、身体と心は、異なる存在である事が分かるようになる。

これはあるレベルにおける分離であるが、心はサマーディのレベルにおいて、この事が成し遂げられるが、サマーディの状態の内においてしか、成功しない。

(4-5につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<『阿羅漢向・阿羅漢果』 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>