Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-20

有為法、無為法は共に「無我」である~

前の章において、私がすでに述べたとおり、

存在する事物はすべて二種類ーー有為法と

無為法に分類することができる。

私は、この両者をさらに進んで理解したい

と思う読者各位に、それらは非「自我」

であり、また(+それらの内に)「自我」

もなく、それらはすべて抽象的な事物で

あり、両者の唯一の違いは、有為法は

虚妄・幻であり、無為法は虚妄でもなく、

幻でもないこと、そして、両者ともに

自然に存在する事物であることを、

謹んで、お知らせする。

私がこのことを指摘するのは、人々の心の

中から、すべての意念を取り除くことを

通して、これらの事物に対する執着を無くし、

それらを「自我」とみなすことをやめて

欲しいと願うからである。

心霊が執着する有為法は、色身、心霊自体、

個人がなした功徳、犯した罪悪、財産、

名誉、威光と人望、煩悩と欲望、愛恋、

憤怒、利己的であることによる煩悩、

および執着によって生じた生老病死などの

世事の生滅である:

最後に、執着も含まれるが、執着は間違った

観念を生じさせ、かつそれを堅持する誘因

となる。

執着は、輪廻と生まれ変わりの原因と

なるが、それは、衆生の心の中に深く

根を張り、常に衆生の心の中に出現する。

無為法は、心霊が解脱するか、または

すでに有為法を超越したときに、到達する

状態である。

この不執着の状態(涅槃)を発見する時、

心霊はそれを「自我」とみなして手放さない

ということが生じるが、これは習気の故

である。(+ )(= )訳者。(つづく)

★誤字脱字を発見された方は、当コメント欄

にてご一報頂くか、または<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

訳者コメント:「ブッダダーサ尊者は

輪廻を認めない」という人がいますが、

それは誤解です。彼は輪廻を理由に、

日々の、<今・ここ>での修行を

先延ばしにいる人々を批判している

だけです。彼は、上の章で、輪廻を

認めています。

ブッダダーサ尊者著「無我」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>