Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)4-31

     <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

一切的意識領域、一切的衆生

(すべての意識的領域、すべての衆生は)

都源自于心。

(みな、その心を源としている。)

所以、你最好全神専注自己的心、

(故に、全身全霊をかけて、己の心を専注せよ。)

你会在這里発現整個宇宙。

(そうすれば、あなたは、そこにおいて、宇宙全体を発見するであろう。)

山中の亡霊

皐山寺は、アチャン・カンパンの指導の下、徐々に発展して、道風蓬勃とした道場となり、出家の男女二衆は、皆、禅の修行に専心した。

アチャン・カンパンは、かつて、アチャン・サオの膝下で何年も参学しており、故に宗風は、この尊敬すべき仏教指導者の風格と一致した。

寺院内に住む者は、和合の精神を重んじ、お互いに尊重し合って、共に暮らした。

毎朝、僧たちが粛々と徒歩で村に入り、托鉢する光景は、人々に、油然として、敬慕の念を抱かせた。

メーチたちは、寺院に残り、露天の厨房に集まって、煮炊きをし、僧たちが托鉢から戻った時に、少しばかりの白飯とおかずを、補充した。

村人が、寺院の入り口にベンチを置いたので、僧たちが戻ってきた時、メーチたちは、ここに立って、準備しておいた食べ物を、彼らの鉢の中に入れた。

寺院に戻って、分配するべき物品を分配した後、僧たちは、大殿に集まって、安居の年数の多寡に従って、順序良く座り、経を読んで祝福した後、黙々と朝食を摂った。

メーチ達は、読経による祝福を受けた後、自分たちの住まいに戻り、同じように、出家の年数の多寡によって、座席を決めて、黙々と食事をした。

食事が済むと、男性たちは、各自、鉢を洗い、ふきんで拭いて乾かし、鉢カバーをかけて、並べて収納した。

女性たちは、茶碗や鍋を洗い、厨房の片づけと掃除をした。

朝の作務が終わると、ここで寝泊まりしている修行者達は、各自、辺鄙な場所にある小さな茅葺小屋に戻り、経行~歩く瞑想か、または坐禅をした。

彼らは、午後四時ごろまで森の中にいて、その後寺院に戻り、午後の作務に取り掛かった:

まずは地面を箒で掃き、その後に、皆で付近の池まで行って水を汲み、それぞれの水がめを一杯にした:

飲むためのもの;

足を洗うためのもの;

鉢と鍋などを洗うためのもの、など等であった。

作務が済むと、シャワーを浴び、引き続き、禅の修行をした。

もし、その夜に会議がないならば、深夜まで修行して、その後に、ようやく眠った。

アチャン・カンパンは、通常、一週に一度、常住の者を集めて集会を開いたが、それは、斎戒の日の夕方に催された。

皆は、まず一緒に読経し、偈頌を念誦して、三宝を讃嘆した。

夜の勤行が終わると、アチャン・カンパンが禅の修行に関する注意点を述べ、皆が弁道に努力するよう、激励した。

法話が終わると、弟子たちの質問や問題に答え、どのようにして修行を継続するのか、指導した。

他の日に、もし何か急用があった場合、適当な時間に彼に会って、相談する事もできた。

修行の上において、アチャン・カンパンは、深く弟子たちに敬われ、尊敬された。

彼は紳士的で礼儀正しく、人に対して正直で誠実であり、事に当たっては、慎重かつ堅実であった。

(4-32につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>まで。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「美琪喬ーー一位阿羅漢尼修道証果之道」 Dhammavamsa Publication 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>