Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳番外編~「偽比丘」の見分け方(4‐6)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

供養する前、供養している最中、供養した後、いつの時も、心の力を強く維持し、また、正念がなければならない。

妄想をやめ、唯一、この六種類の要素を思惟しながら、供養をする。

もし、一項(=一回)の供養において、この六種類の要素が具備されたならば、それは将来において、無量で崇高な果報を齎す。

この六種類の要素によって行われた供養の、その功徳の巨大さは、形容しがたいほどであり、計算できない、衡量できない、という計量の仕方・・・ちょうど大海の水は、量る事ができないのと同じである。

我々は、”大海の水は桶に何杯、何百杯、何千杯、何十万杯である” とは、言えない。ただ、計量しがたい、無限の量として計算するのみである。

同様に、この六種類の要素にもとづいて行われた供養によって生じる功徳もまた計量しがたく、その膨大さは、計算しがたい、無限の量である、として形容するしかないものである。

托鉢する清浄なる出家者は、ちょうど ”動く福田”のようである。

智慧ある人々は、福田を耕す機会を掌握する事に敏で、この機会を借りて福徳を積む。

明(=智慧)と行(=実践)の種と菩提道(=悟り)の糧、すなわち、己自身の遠い未来における、幸福と楽しさの因を蒔いた事になる。

また同時に、サンガに供養した功徳は、すでに亡くなった親族や無量無辺の衆生に回向する事もできる。

(4-7につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「偽比丘の見分け方」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>