Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』13-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

業の定法:造られた業が、その善・悪に従って、相応する果報を齎すのを保証する(+のが、すなわち、業の定法である)。

たとえば、種は必ず、その種類に応じて、実を結ぶようなものである。

我々が、手に持つボールを壁に向かって投げた時、強い力で投げれば、戻って来るボールの力も強くなって、自分の所に戻って来る;

少ない力で投げれば、戻ってくる力は弱くなるものの、同じく、自分の所に戻って来る。

これが業の定法である。

どのような果報を得るかは、端的に、どのような種を植えるか、にかかっている。ニガウリの種を植えたならば、将来、手に入れるのはニガウリであり、へちまや冬瓜ではありえない。

我々は、善の果を得たいのであれば、善の因を植えなければならない。苦の果を得たいのであれば、苦の因を植えればよい。

(13-3につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著  中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>