Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-22

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(問):「(āgamma、来る;・・・によって)という、この帰依によって、一切の苦を解脱する」という(+文言)において、この(文)と往趣が相い結合して、帰依の行いが成就する時、(それは一体)同一の使役動詞ではない、と言うのか?

(答):(そのようでは)ない。同じく、前に述べたように、過失の範囲である。たとえこの中に同一の使役動詞があるという状態であるとして、すでに心が撃破された者が、その上で、仏・法・僧に帰依するとしても、彼は一切の苦を解脱することができる。

これは前に述べたように、過失の範囲である。

我々の義理には過失はなく、故にこの(非難)は当たらない。

たとえば、「アーナンダ、すべての、私(のような、このような)善友の所に来る者、生の法の(+苦難に)(遭遇する)有情は、世尊(のような)(このような)善友の威力によって、解脱する(時がある)。」

(上記のようであるが故に)以下のように言う:「これによって帰依したならば、一切の苦を解脱する。」

これが、この部分の意趣である事を、理解しなければならない。

(3-1につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>