<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
(以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です)
彼らは以下のように言う:
もし、30年間努力をしても、なお解脱を証悟できないのであれば、どうせ今と同じ状態でしょう?と。
しかし、もし、この修行者の機縁が熟したならば、解脱できるのである。
己の精進努力の成果として、解脱を証得することができる;
もし、いまだ機縁が熟さないとするならば、彼は未来において、解脱を証悟することができる。
たとえ彼ら修行者が、今生の仏法の存在する期間において、解脱を得ることができなかったとしても、心霊(=心)の再三再四の努力・精進によって生じる蓄積された業力(bhāvanā-āciṇṇa-kamma)は、非常に力のある業であって、彼をして三悪道を避けせしめるし、また善趣に再生した後、未来仏に会うことができる。
あれら努力をしようとしない人々は、彼らの機縁が熟したとしても、30年間の努力を払わないが為に、解脱の機縁を失い、何物をも得ることが出来ない上に、すべてを失ってしまうのである。
故に、一切の衆生に「慧眼」を得る様願うと共に、(+己の)危機を察して頂きたいと思うのである。
「正勤」は以下の四種類である;
一、すでに生じた悪は滅する。
二、いまだ生起しない悪は、生起せしめない。
三、いまだ生起しない善は、生起せしめる。
四、すでに生起した善は、成長、発展させる。
(3-6につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<「37道品ハンドブック」Ledī Sayādaw著 中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>