Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》2-17

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

マハーナーラタ伝

一人の、名を英加帝という、よい国王がいた。

国王には一人娘がいたが、名をルチャーと言った。

ルチャーは、非常に美しい王女で、アーナンダの過去生であった。

国王は王女を可愛がり、よく花篭を、ルチャー姫に贈った。

ルチャー姫の随従たちが、その花を花飾りにして、ルチャー姫の身に飾った。

国王はまた、よく美しい絹を王女に贈り、彼女に毎日、異なる服装をするように要求した。

ルチャー王女と国王の関係は、非常によいものであった。

国王は、国家を統治することに長けていて、故に人民は安居し、仕事に励み、国家は安泰であった。

ある年の10月15日、国王と群臣は、新月の美しい夜に、何が人生の楽しみかという議題について、議論をしていた。

その中の一人が、智慧のある修行者を訪ねて、その修行者に、我々の疑問を解いてもらおうではないか、と提案した。

皆が同意したので、国王は、群臣を連れて、当時、有名であったウクナ裸体外道に、会いに行った。

裸体外道が服を着ないのは、己はすでに、何等の煩悩もない修行者であるが故に、心は非常に清浄であり、服を着なくてもよいのだという風に言った。

また、あれら服を必要としている人々は、心が不清浄であるが故に、衣類を必要としているのだ、と主張した。

国王と群臣が、ウクナの所に来たとき、そこにはすでに、多くの求法の信者たちがいた。

国王の番が来た時、国王は恭しくウクナに挨拶をし、以下の問題を問うた:

一、子女は、どのように、父母に対応するべきか?どのようにすれば、よき子女と言えるか?

二、弟子(師弟)は、師長に対して、どのような態度で対応するのが、よい弟子であるか?

三、一家の主は、どのように妻、子に対応するべきか?彼らに対して、どのような態度で対応するのが、よい夫であり、よい父親であるか?

四、国王として、名君でありたいならば、ど

のように大臣に対応し、大臣を指導するべきか?

五、どのような法を修習すれば、衆生は、善趣に往生することができるか?

六、どのような不如法なる事をすると、人は地獄へ落ちるのか?

国王が訊ねたのは、どれも非常によい質問であった。

しかし、この質問は、ウクナにとっては、非常に難しい問題であった・・・というのも、彼はこの種の問題を考えた事がなかったし、この方面の知識もなかったからである。

ウクナは、何を聞かれても、答えることができなかったが、しかし、彼のような、非常に有名な人間は、「私は知らない」などと言えるはずがなく、彼は仕方なく、定命論(=宿命論)でもって答えた。

(2-18につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<《基礎発趣論(業縁と果報縁)》 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>