<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
▲【色蘊への認識】
仏陀は『中部』の《五蘊経》の中において、以下の様に解説する:
色蘊には、過去の色蘊、現在の、未来の、内在するもの、外に在るもの、粗いもの、微細なもの、優れているもの、劣っているもの、遠いもの、近いもの、全部で11種類の色蘊がある。
『註釈』において、仏陀のもう一つの解説を紹介している。
四大界と24種の所造色は、色蘊。
四大界は、地水火風。
24種の所造色は、
「五浄色」:眼浄色~身浄色;
「七境色」:色、声、香、味、触(地、水~ママ、風);
及び男性根色、女性根色、心所依処色、命根色、食素色等18種の「真実色法」。その他に、10種の「非真実色法」。
これらの色法は、16観智における、一番最初の「色分別」であり、これを修しないという選択肢はない、苦聖諦の内実である。
四聖諦の修法は、『論部』または『經部』において、言及されている。
『論部』とは七部の「論」の内容を指し、『經部』とは、『相応部』、『増支部』を指す。
《無我経》においては、すべての修法が解説されている:五蘊、六処、12処、18界、7色観法、7非色観法である。
『相応部』と『増支部』の内容については、七部の『論』において、言及されている。
故に、『論』と『經』は、別々に学ぶものではなく、同時に学ばなければならないものである。
經、律、論の内の「律」とは、人々に向かって開示された規則・規律であり、出家者には出家者の戒律があり、在家者には在家者の戒律がある。
例えば、比丘は、午後食事する事ができない。食べた比丘は、戒を違反したことになり、懺悔しなければならない。
これらは比丘の規則、出家者の規則であり、概念法であり、究極法ではない。
究極法の所縁は五蘊である:
色蘊は28種の色がある。
受蘊は、受心所を言い、5種の感受:悦受、捨受、憂受、苦受、楽受がある。
想蘊は、想心所であり、眼、耳、鼻、舌、身と意の六門にあって、それぞれ異なる所縁がある。
眼門は、色所縁であり、耳門は音所縁、鼻門は香所縁、舌門は味所縁、身門は触所縁、意門は法所縁である。
(28につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。<翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>