Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」8‐2(279/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

2 跋提迦尊者(Bhaddiya Thera)

 跋提迦は、カピラバットゥの婆羅門の家の子であって、我々の菩薩が生まれた時、跋提迦の父親が、菩薩の為に面相を占った八人の婆羅門の内の一人であった。

当時、彼の父親はすでに老いていたので、出家して菩薩が成道するのを待つことが出来なかった。

阿私陀仙人(Asita Kāladevila)が、シッダッタ太子は成仏するであろうと宣言した時、跋提迦と憍陳如を主とする四人の婆羅門が出家して、シッダッタ太子を待つこととなった。太子がウルベッラで六年の苦行を実践した時、跋提迦もまた太子の傍にいた。

その後、太子が普通の食事をすることを見て、太子に失望した為に、跋提迦は、その他の法友と一緒に、太子の傍を離れて、仙人堕処に行ったのである。

仏陀は成道後、仙人堕処において、彼らの為に《転法輪経》を開示した。跋提迦は、下弦の月の最初の日、すなわち、《転法輪経》の一日おいて、ソータパナ果を証悟して、人の社会において、二番目のソータパナになったのである。彼は《転法輪経》を聞いた五日後、《無我相經》を聞いた後に、その他の四人の比丘と共に、阿羅漢果を証得した。

3 衛跋尊者(Vappa Thera)

衛跋の過去世は、勝蓮華仏の時代にはすでに、仏陀の最初の弟子の一人になるという発願をしていた。

この目標を達成するために、彼は波羅蜜を積んだ、たとえば、布施、持戒、止観と観禅の修行などである。

彼はかつて16回、国王になったが、名前をマハードゥンドゥビ(MahāDundubhi)と言った。

彼の最後の一生において、彼は五比丘の内の一人であった。

彼の父親は、ワーセタ(Vāsetha)と言い、カプラバットゥの婆羅門であった。

阿私陀仙人がシッダッタ太子が成道するであろうと宣言した時、衛跋と憍陳如を主とする四人の婆羅門は共に出家した。太子の六年の苦行時、衛跋もまた傍らにいて侍従した。

その後、太子が苦行を放棄したため、失望して、太子の傍を離れて、仙人堕処に行った。

仏陀は成道の後、彼らのために《転法輪経》を開示したが、開示後の二日目に衛跋はソータパナ果を証得した。

五日目、衛跋とその他の法友は、《無我相經》を聞いた後に、阿羅漢果証したのである。

 4 摩訶那摩尊者(Mahānāma Thera)

摩訶那摩尊者もまた、五比丘の内の一人である。

彼は《転法輪経》を聞いた後の三日後、ソータパナ果を証悟し、五日後に《無我相經》を聞いて、阿羅漢果を証悟した。

ある時、彼は馬奇迦山達(Māchikāsaṇḍa)に来た。

彼が托鉢しているのを、吉達居士が見かけて、彼の威儀と振る舞いに歓喜して、彼を己の家に招いて、飲食を供養すると同時に、法話をしてくれる様に頼んだ。

吉達居士は、摩訶那摩尊者が開示した法に対して、非常に喜悦し、己自身の一座の優雅な林園ーー安般達迦林(Ambāṭakavana)を、摩訶那摩尊者にお布施し、彼から、この林園をサンガに贈る様に頼み、また、吉達居士は、そこに大寺院を一座建立した。

その後、吉達居士は摩訶那摩尊者の《六処細説》(Saḷāyatana-vibhatti)ーー内外六処を詳細に解説したものーーという開示を聞いた後、アナーガミ果(不還:二度と欲界に生まれることのない聖者)を証得した。

5 阿説示尊者(Assaji Thera)

阿説示尊者は五比丘の中では、一番若い比丘である。

仏陀が《転法輪経》を開示した時、彼は五比丘の中では、最後に法眼者を証得した(開示の後の四日目)。

摩訶那摩と阿説示がいまだソータパナ果を証得していないその期間、仏陀は彼らに修行の仕方を教えなければならなかったが、その他の3人の比丘が外出して托鉢し、6人の食事を整えた。

阿説示そじは《無我相經》を聞いた後に、阿羅漢果を証得した。

その後になって、阿説示の一席の話が、シャーリプトラとモッガラーナを開悟に導いたのである;

それは、ある日、阿説示尊者が王舎城で托鉢していた時、四方八方、不死の法を探していたシャーリプトラが彼を見て、彼の威儀と振る舞いに非常な歓喜を感じ、彼について歩き、彼が托鉢を終えるのを待って、シャーリプトラは、阿説示尊者に彼の指導者は誰か、またその教法は何に準じているのかを訊ねた。

阿説示尊者はその時、返事をしたくなかった、というのも、彼は己自身が出家したばかりであったが故に。

しかし、シャーリプトラは、彼の理解に基づいて、彼の知っている事柄だけでも、説明して欲しいと頼んだ。

阿説示尊者の偈頌は、これより先広く知られる様になったが、それは、仏陀の教法の主旨であると認められたのである。

彼は以下の様に述べた:

Ye dhammā hetuppabnavā

Tesaṁ hetuṁ Tathāgato āha、

Tesañca yo nirodho、

Evaṁvādī Mahāsamaṇo.’  

諸法従因生、

如来説其因;

彼亦従因滅、

此大沙門説。

その意味はすなわち:

如来は苦諦法及びその因(集諦)を教導するが、また、二者(苦諦と集諦)の無余寂滅と寂滅に到る道を教える。

仏陀大沙門は、これらの法を教導するのである」

シャーリプトラは聞くや否や理解して、ソータパナ果を証悟した。

その後、急いで、己自身がすでに真理を見つけることができた喜びをモッガラーナに伝えた。

シャーリプトラ尊者は、阿説示尊者を非常に尊敬した。

聞く所によると、最初に出会ったあの日以来、彼が阿説示尊者がどこに住んでいるのかを耳にすれば、彼はその方向に向かって手を合わせ、横になって眠る時も、頭をその方向に向けた。

これはまさに聖者恩義の美徳である。

この比丘は、阿羅漢果を証得して、また四無礙解智も成就したことから、彼らは必ずや、過去において、過去仏の教化の時代に充分な波羅蜜を積んだであろうことが分かる。

もし、あなたが阿羅漢果を証得したいのであれば、四聖諦を徹底的に悟る為に、精勤なる修行を成し遂げた彼らに学ばなければならない。

願大家尽早徹悟四聖諦!

(みなさんが一日も早く、四聖諦を徹底的に悟ることを祈願して!)

(9-1につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等ほぼ原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijubunko.sakura.ne.jp/index.html

<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>