是誰庵のひとやすみ~脳にはNoを(無常を観る)
知人の友人が、昔の嫌な思い出に翻弄されて、ウツ気味で入院したとの事。
昔のであっても、今のであっても、嫌な想いに翻弄されない、よい解決方法を一つ、紹介します。
我々は、時々、いや、度々、自分が被った、嫌な思い出を思い出します。
実は、我々は、案外、嫌な思い出を思いだすのが好きなのです。これを心の癖、仏教では、カルマと言います。
そして、思いだしては嫌な気持ちになり、自分をそんな嫌な気持ちにさせる、誰かさんを恨みます。
心は恨みに恨んで、やがて精神に変調をきたします。
ここで悪いのは、何度も嫌な思い出を思い起こす機能を持つ<脳>です。
ちょっと<脳>から離れてみましょう。
嫌なことを思いだしたとき、必ず、身体に反応が出ます。
ぞっとした感じ。
毛穴が開く感じ。
身体が冷える、または熱くなる。
その時に、<脳が考える事柄>に追随するのではなくて、身体の感覚に焦点を合わせて、それを観察します。
感覚は無常、アニッチャです。
この、身体に生じた感覚への観察を、何度も繰り返していると、あなたは、やがて以下の事が分かります。
嫌な思い出を何度も思いだして、自分を苦しめているのは、自分自身。
自分の身体に生じる感覚・反応を拒絶せずに、ただ眺める事、すなわち、もうすでに(身体上に)生じてしまっている事柄を、拒絶しないで、そのまま受け入れるのは、嫌な事柄を早く終わらせる妙技であること(感覚が無常、アニッチャであるという性質を、利用するのです)。
このように、己の心のありようを訓練すれば、嫌な思い出も、平常心をもって、ただ、眺めていられるようになります。
生きていれば、嫌な事、苦しい事に遭遇せざるをえませんが、どうか、心までは負けないで下さい。