Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

2018-05-02から1日間の記事一覧

FDC資料「37道品ハンドブック」11-5 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) ◎「身見」の罪悪 「身見」の悪は、極端で深刻であり、その影響は、深遠である。 一人の、母親殺しの業行を犯した人は、必ず、無間地獄の境…

FDC資料「37道品ハンドブック」11-4 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) 過去に(+蓄積された)無数の業は、「身見」の消滅した刹那に、効力が発生しなくなるのは、何故であるか? 以下に例を挙げて、説明する: …

FDC資料「37道品ハンドブック」11-3 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) かくの如くに作意・思惟する衆生は、一たび完全に「身見」から解脱、抜け出すことができたならば、たとえ彼らが(+今は)人類であっても、…

FDC資料「37道品ハンドブック」11-2 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) 「我見」は旧い悪業の首領であり、故に、持続的に、衆生の上に、付いて回る。 「身見」が存在していさえすれば、これらの旧い悪業は、非常…

FDCの皆様へ

FDC(福岡ダンマセンター)の皆様へ 5月13日(日)の少童神社での勉強会(法話会)の資料 <覚知、念と定>は、<菩提樹文庫>に掲載されていますので、ご一読下さい。 6月からは、 アチャン・チャーの『法の贈り物』と Ledī Sayādaw著『37道品ハンドブック…

FDC資料「37道品ハンドブック」11-1 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) <付録一> 第十一章 「無我」を証入する利益 今、私は「無我」を証入した時に生起する利益について、説明する。 もし、一人の修行者が、明…

FDC資料「37道品ハンドブック」10-18 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) しかし、今日においては「助縁貪欲」、「世間貪欲」、「輪廻財貪欲」という、これら悪の遺産が、主導的な要因、(+人生の動機)になってい…

FDC資料「37道品ハンドブック」10-17 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) 善良で有徳なる修行者は、 善の遺産とは何か、悪の資産とは何か? 何が「決定」の遺産で、何が「未決定」の遺産か? 何が善の継承者で、何…