Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2018-07-22から1日間の記事一覧

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-41

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> <総体的に、念頭(=考え、発想)と想像の源泉は>行蘊と呼ばれる。 一つひとつの念頭、一つひとつの考えは、心の中において、非常に短い時間、波動して(=揺らいで)、その後、消失する。 これらの心理的な波…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-40

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 注意しなければならないのは、心をば、智慧の修行の道の上で、狂ったように走らせて、休ませないなどという事がないようにするべきである。 過度の観察は、一種の集(samudaya)であって、心の中に浸透し、それが…

般若の独り言~タイのソムタム

暑いですね。 今日の昼食、何にしましょうか? ご飯は炊いても残してしまって、今の時期は、結局、半分くらい捨ててしまう事が多い(一カップ炊くと、食べきるのに3日くらいかかる。白飯を冷凍するのは嫌なので、結局傷めてしまう。)。 白飯よりうどんがい…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-39

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 観察における密集性(=途切れない事)から、心は脆弱になり、多くの時間、緊張する仕事を続けていたために、それは、遅鈍になり、緩慢にならざるを得ない。 この種の状況が発生する時、休息が必要だ。 この段階…

般若の独り言~翻訳の醍醐味

これまで、どれほど中国語の仏教書を日本語に翻訳したでしょうか。<菩提樹文庫>に収録されたもの、収録されていないものを含め、結構な冊数になると思います。 きっかけは、20世紀の終わりに、パオ・セヤドーの『智慧之光』(中国語版)に出会った事。 あ…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-38

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 心の中において、想(saññā)と行(sankhāra)は、無明の主要な媒体である。 阿那含(+を証得した後)において、身念住を修行する後続の段階から、この自我の心理的構成は、中心的な位置を占めるようになる。 自…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-37(40/100)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 全身に遍布・浸透する意識流は、それ自身の所へ退くようにして戻って行き、かつ、聚集して、高くて深いサマーディに入る。 この道理は明晰・明確に、見て取ることができる。 その時、躯体全体は、ただ一塊の物体…