Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2018-11-05から1日間の記事一覧

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(I)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文205) 禅修行者: もし、慧と信のバランスが悪い時、多くの問題が生じますが、信が薄弱な時は、疑惑が出てきませんか? 禅師: その通り! 五根は、共に運用されるべきであり、その中の一つだけが突出して…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(H)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P204 ) 禅修行者: 禅師のもう一つの著書《煩悩に嗤われる時》の中で、禅師は信(saddhā)について、ほとんど語る事がありませんでした。 ここにおいて今、信について、その意味とその重要性について、説…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-18)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> <注7> 捨離=ジャーナ;義註では、以下の様に解説する: ”身軽安” は、名身(nāmakāyo)の軽安。 ”覚楽” は、身と心所の楽しさを経験する事(kāyikampi cetasikampi sukhaṃ)。 ”心の定の獲得” は、出離による…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-17)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 多くの経典の中において、仏陀はこの五蓋は、定と慧の障礙になる為、それら(注8ママ)を捨離しなければならない、と述べており、かつそれは近行定または安止定(初禅)によって捨離するのであると・・・。 仏陀は…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-16)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ”1)彼は世間に対する貪愛を捨離し、貪を離れた心でもって住し、心を貪愛の内から、浄化させる。 2)悩害(=悩みと悩みによって起こる害)、瞋恚と怨恨を離れ、瞋のない心で住し、一切の有情と生類を慈しみ、憐…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3‐15)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 止観 例えば、我々は、仏陀が《長部・沙門果経》(Sāmaññaphala Sutta)の中で、未生怨王(Ajātasattu)に、比丘の禅の修行に関しての説明をする時、”止” と ”観” という言葉を使ってはいなが、しかし、実際には…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(G)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P176) 禅修行者: あなたは、我々はそれほど努力しなくても、非常に多くの対象を、覚知できると言います。 それはどういう事ですか? 禅師: あなたの覚知が、益々長時間持続できるようになった時、あなた…