Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-16

仏陀が聴衆に向かって仏法を開示する時、彼の心は、群れを離れ、

隠居(=独居)する傾向、及び涅槃へ向かう傾向があった。

彼は、必ず、人々が(=早めに)解散するようなやり方で、仏法を

開示した。故に、仏陀はよくこう言う「皆さん、帰ってよろしい」。

仏陀はどのような時に、こう言うのか?

食事を済ませた後の活動時間、または初夜(=夕方、宵の口)の

活動の時間。食事が済むと、世尊は香舎において、獅子の如くに

横になって(ひと時休憩する)。そして、起きあがって座って

果定に入る。その時、サンガ(=の人々)は、仏法を聞くために

集まって来る。適当な時刻になると世尊は香舎から出てきて、

(すでに彼の為に準備されている)座席に座り、仏法を開示する。

彼は、薬を煎じる時に時間を守るのと同じように、決して

(=法話の)時間を超過する事はなかった。

そして、離群の心をもって、サンガ(=の人々)を解散させた。

初夜の時も、彼は同じようにサンガを解散した「夜が深くなった。

あなたがたの、為すべきことをなす時間が来ました」と言って。

証悟して以来、仏陀の意門転向心は、涅槃へ傾向している。

故に、彼の(眼、耳、鼻、舌、身)の双五識もまた、涅槃に

傾向していた。仏陀は、諸々の行法について、徹底的に理解

していたので、目にする微妙な目標も、その嫌悪な一面が現前

しているのを見るだけであり、その他の目標に至っては、その

嫌悪性はもっと強烈であった。

というのも、涅槃は極めて静かで殊勝であった為、その心は、

ただ涅槃に向かうだけであったから。

それは、例えば、喉が渇いた人が、ただひたすら、冷たい水の

ある場所を求めるのと、同じようなものなのである。

(= )訳者。(つづく)

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)