wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-56

比丘は、下記のような方法を運用して、愚痴(=愚かさと無知)

断つこともできる。

比丘が仏法を学ぶ時、このような思惟を通して、自己を高める:

「導師は、学習するべき時間に学習に来ない人、(+お経を)

しっかり称えない人、全く称えない人を、処罰する。」

道徳的に高徳である、比丘を訪ねて行って彼らに質問する:

「尊者、この法の道理は何ですか?この法の意味は何ですか?」

このようにすれば、疑惑を取り除く事ができる。

多くの人が仏法を聞きに来ている所へ行き、細心の注意を払って

仏法を聞くようにすれば、徐々に、多くの経文の含意を理解する

事ができる。

彼は徐々に、何が因で、何が因でないかを、識別する事ができる

ようになる。彼は「これはこういう現象の因で、あれはこういう

現象の因ではない」と識別できるようになる。

例えば:彼は眼根、色塵、光と作意は、眼識が生起する原因であり、

耳識が生起する原因ではない(+などという事が分かるようになる)。

次に、38種類の中の、何か一つの任意の法門を修行する人は、

当然、悪念を取り除くことができる。

貪、瞋、痴の相克者、天敵ーー五種類の法または五種類の実践方法ーー

によって貪、瞋、痴を断つとき、貪、瞋、痴は徹底的に取り除く事

ができる。

それはまるで、たいまつ、土、木の枝を利用して火を叩くようで、

当然、火を消すことができる。しかし、もしも、火の相克者ーー水ーー

を使って火を消すなら、火をば、徹底的に消す事ができる。

同様の道理で、この経の初めに触れた五種類の法によって貪、瞋、痴を

取り除こうとする時、それは徹底的に断ずる事ができる。

経文の中で言われている

「就像善巧的木匠或木匠的徒弟、能用細的木釘将細的木釘打掉、移除、取出。」

について、細い釘とは、木材の芯で造った釘で、それは大工が板の中から

取り出したいと思っている、木の釘より更に細い。太い釘とは、心木板や

檀香木の板の中に嵌っている、一本の不調和な釘の事である。

比丘は、増上心を成長させることに尽力しなければならない。

彼の心は、あの心木板のようである:邪悪な念は、その中の不調和な

太い釘のようである:そして、不浄観などの修行の対象に対する如理作意は、

あの細い木釘のようである;不浄観などの、その他の対象を思惟する事に

よって、悪念を取り除く事ができることは、細い木釘を利用して、

太い木釘を取り除くのと同じである。

上記は、註疏の解釈である。(+ )(= )訳者。(つづく)

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)