wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

是誰庵のひとやすみ~今更聞けないテーラワーダ(2)

   <なぜテーラワーダには、

       比丘尼がいないのか?>

テーラワーダ南伝仏教)には、男性の出家者比丘はいても、女性の出家者、比丘尼はいません。

これは、仏陀ご在世の時代のインドの女性差別が、遠因になっています。

仏陀は、女性差別の激しいインドの状況を鑑みて、女性の出家の許可と出家の儀式は、女性たちに任せました(男性や家長、比丘の権限を制限したのです)。

仏陀は、自分を育ててくれた継母(マハーパジャパティ)を最初の比丘尼としましたから、当時、その次の比丘尼は、マハーパジャパティが出家させたのでしょう。

かくて、代々、比丘尼比丘尼を誕生させるという制度が継承されていけば問題はなかったのですが・・・、インドには戦乱があったりして、社会的弱者の女性の出家者である比丘尼は、最後の方が亡くなって、在家の出家希望者を出家させられる比丘尼がいなくなった、という訳です。

それでも、東南アジアでは、お寺に住んで修行がしたいと言う女性は綿々と存在したので、サンガが、在家でもない、正式の比丘尼でもない、中間的な女性出家者の制度を考えだしました。

それは、タイでは<メーティラシン>と呼ばれ、ビルマでは<サヤレー>と呼ばれている女性群で、<メー・ティラ・シン>は、戒を守ると誓った女性、という意味、<サヤ・レー>は小さい先生という意味です(対する、比丘の指導者に用いられる<サヤ・ドー>は大きい先生、という意味です)。

タイの<メーティラシン>とビルマの<サヤレー>は制度的、構造的には、同じものです。

ビルマのサヤレーの場合、出家の5戒、8戒、9戒、10戒のどれかを守ります。

10戒なら、実質、男性のサーマネラ、沙弥と同じになりますが、それでも比丘の227戒から比べて断然少ないので、人々の尊敬は、どうしても比丘に集まります。

しかし、少なくともパオ森林寺院では女性差別に注意を払い、サヤレーも、比丘と同じ茶色の法衣(比丘よりは簡便)を着てよいことになっています(ビルマの他のお寺のサヤレーは、ピンクの法衣)。

タイで、「メーティラシンのような中途半端な存在は嫌だ」「比丘尼になりたい」と願った女性(ナコンパトム在住)がいて、台湾の星雲法師に相談した所、星雲法師が出家の儀式に必要な条件が整うよう、自分のお寺の比丘尼さんたちを引き連れて東南アジアに赴き、彼女に比丘尼戒を授けた、という話を聞きました。

タイのサンガは、最初これに反対しましたが、当人の努力のおかげか評判は良く、いまでは黙認しているようです。

比丘尼は、比丘の戒律よりなお多い、約350条を守ります。比丘と全く同じ大衣で托鉢に回る彼女の写真を見たことがありますが、威風堂々としていましたよ。