Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-52

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu>

比丘たちよ。

もし、ある人が、小さな焚火を大きくしたいと考えたとする。

もし彼が、湿った草、湿った牛糞や湿った木材を火に投げ入れ、水を掛け、その上に砂を撒くならば、彼はこの小さな焚火を、猛烈に、大きくすることができるだろうか?」

「できません、尊者。」

「同様に、比丘たちよ。

心が軟弱に無力であるとき、それは軽安覚支、定覚支と捨覚支を強化する時ではない。

なぜであるか?

比丘たちよ。

心が軟弱で無力であれば、それらの覚支で心を奮い立たせることは、非常に難しいが故に。

比丘たちよ。

心が軟弱に無力であるとき、その時は、択法覚支、精進覚支と喜覚支を強化するのである。

なぜであるか?

比丘たちよ。

心が軟弱で無力であれば、それらの覚支で、心を奮い立たせることは、非常に簡単であるが故に。

比丘たちよ。

もし、ある人が、小さな焚火を大きくしたいと考えたとする。

もし、彼が、乾いた草、乾いた牛糞や乾いた木材を火に投げ入れ、息を吹きかけ、その上に砂を撒く事がないならば、彼はこの小さな焚火を猛烈に、大きくすることができるだろうか?」

「はい、できます、尊者。」

「同様に、心が軟弱で無力の時、それは択法覚支、精進覚支と喜覚支を強化する時である。

なぜであるか?

比丘たちよ。

心が軟弱で無力の時、それらの覚支で、心を非常に容易に奮い立たせることができるからである。」(5-53につづく)

<Mama  puññabhgaṃ  sabbasattānaṃ  bhājemi> 

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(5-53につづく)

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>