Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳番外編~「偽比丘」の見分け方(4-7)(45/70)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

付録2

サンガ護持編

”世尊の弟子サンガは善行道者であり、世尊の弟子サンガは正直行道者であり、世尊の弟子サンガは如理行道者であり、世尊の弟子サンガは正当道行者である・・・すなわち、四双八輩であり、この世尊の弟子サンガは、供養を受けるべきのものであり、供奉を受けるべきのものであり、布施を受けるべきものであり、合掌されるべきものであり、それは、世間における無上の福田である。”

この世間において、明眼となり、暗黒の中の松明となり、迷いの中(+にある人々)の道しるべとなり、耕耘する者の福田となり、真理を尋ねる者の行先、病む人の保護者となり、輪廻の旅人の帰依処としてーー清浄であり、和楽であるサンガが世間にある事は、特別に貴い。

仏教の三宝の一つであるサンガは、非常に神奇な伝統で、仏陀入滅後の2000年来、どれほど多くの凄惨な風と苦い雨の侵襲を受けたり、またサンガの構成員の変動と、その素質の良し悪しはあっても、仏陀の制定した伝統は、依然として今日にまで伝承される事になったーーちょうど長江のようにーー綿々と絶えることなく。

ただ真心より真理を尋ねる者がおり、己の生命を献じて、その伝統の構成員になりたいと望む人がいて、この伝統に依って(+法を)忠実に実践する人がいる限り、この古老の伝統は、あとの半分の道標に向かって、歩き続けることができる。

サンガに供養する事は、個人に供養するよりも、更に殊勝であるということは、サンガを護持するという事が結局、法脈が引き続き継承される所の伝統を、護持していることになるからである。

正法の世に住むことは、持戒が清浄なるサンガを必要としており、清浄に行道するサンガは、四双八輩を育成する大きな揺りかごであり、清浄で、操を守る大環境の下で、サンガ構成員の素質を自然に高め、素質のよいサンガ構成員は、また、在家信徒衆に対して、正しい仏教の教育を与えることができる。

サンガと信徒は相互に向上し、仏教社会全体を向上させることができる。

仏教社会全体の法における利益が、己自身の心内から湧き出る時、自然に、周囲の衆生に、法の呼びかける力を感応せしめて、(+衆生は)陸続と生命を昇華させ、それによって心内の修行と、外部への弘法の効果と利益を得ることができる。

この古老の伝統は、いまだ今日まで伝承し続けることができるのは、仏陀の法と律が、大きな二つの梁である事以外に、在家信徒衆もまた、大きな役割を果たしている。

持戒が清浄なサンガは、広大な信徒衆の護持から離れる事はできない。

お互いに唇歯相依であり、それは将に仏陀が《小部・如是語第107経》において、以下のように述べている:

”比丘たちよ。

諸々の婆羅門、居士があなた方に対して、多くの援助をしています。彼らは、あなた方に衣服、飲食、住まい、病人の必要とする医薬品などを供養しています。

あなた方は、諸々の婆羅門、居士に対しても、多くの援助をしています。というのも、あなた方は彼らに対して、初めも善く、中も善く、後ろも善い、有意義な、言葉の整った正法を述べて、完全な円満な、遍浄なる梵行を顕示しました。

比丘たちよ。

このように、お互いの相互の助け合いを通して初めて、諸々の流れを超越する方向への導き、苦辺を尽きる為の梵行は、ここにおいて、住し立する事ができるのです。”

(4‐8につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「偽比丘の見分け方」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>