Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』2-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

睡眠の時以外、我々の六根は、刻々開放されている。

目は毎日何かを見ているし、耳は毎日何かを聞いているし、鼻は毎日何かを嗅いでいるし、舌は毎日何かを味わっているし、身体は毎日何かに触れているし、意識は毎日何かを考えている。それらは毎日、それらは、毎日、六人の強盗と一緒にいて、毎日強盗に襲われているようなものである。故に、我々は、毎日の一刹那毎に、目がものを見る一刹那、耳が音を聞く一刹那・・・、いつも業を造っているのである。業がひとたび造られると、業力が残される。業力は、熟すと次に輪廻を誘発する。

では、六人の強盗が、我々の目、耳、鼻、舌、身体と意を襲わないようにするには、どのようにすれば良いのか?

(2-7につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>