Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(L)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(原文P228)

禅修行者:

四種類の波羅蜜について、私はよく理解することができません;

決意波羅蜜(adhiṭṭhāna)、

出離波羅蜜(nekkhamma)、

波羅蜜(sīla)、

波羅蜜(sacca)とは、何でしょうか?

 禅師:

決意とは、心内の(+何事かへの)願いの力を強化する過程を、言います。

通常は、本来すでに擁する素質を、強化する事を言いますが、それは何かの作業を、繰り返し実践するか、または、毎回、己の心を少しばかり前方へ前進させて、心を更に強くする事を言います。

私は常々、よく決意波羅蜜を、修習します。

私の個人的体験に基づきますと、決意が智慧より来たものでない限り、非常に強い決意をしたとしても、作用が惹起するとは、限りません。

もし、あなたが、ただ力任せの思いつきでもって、願を発したとしても、通常、この決意が堅固になることはありません。

もしあなたが、安定的に修行に取り組むならば、智慧は、修行から得られるエネルギーの一切を、有効的に活用する事ができ、その時、智慧ある所に決意がある(+事が分かります)。

禅修行者:

我々は、我々の心が強くなるように、挑戦しなければならない、という事でしょうか?

禅師:

違います。

挑戦の意味は、あなたの限界を超越しなさい、という事です。

ここで言う強くする、強化するとは、すでにあるものに関して、言っているのです。

禅修行者:

我々は、すでにあるものを、どうやって強化するのですか?

禅師:

あなたは、己自身の能力の範囲を、明確にしなければなりません。

その後で、己自身の能力に基づいて、繰り返し練習し、実践しなければなりません。

簡単な例を上げましょう。

あなたが徹夜で座禅・瞑想したいと思う時、いきなりその様にするのではなくて、最初の夜は、少し長めに座ってみて、次の夜も同じくらい・・・と言う風に、基礎を固めて行きます。

あなたが、この様な修行を、二週間程続けることができたならば、心をもう少し前に進めて、一時間多く座ります。

これを一週間か二週間続けることができたならば、あなたはまた、少しずつ時間を延ばしていくのです。

禅修行者:

分かりました!

あなたは以前、出離とは無貪の事だ、とおっしゃったでしょうか?

禅師:

そうです。

毎回、煩悩が浮現する度に、出離を観察する事ーーあなたはこの瞬間(=煩悩の浮現と出離の間)に放逸になってはいけません。

あなたの、三番目の質問は戒波羅蜜でしたね。

戒とは、克己と責任に関係があります。

智慧の高い人ほど、戒行はより円満になります。

禅修行者:

はい。

あなたがおっしゃるこれらは、私は理解することができます。

しかし、私は、戒の定義がよく分からないのです。

戒の意味は、八戒を持する事、なのでしょうか?

禅師:

違います。

戒とは、己自身が何をするべきか、何をしてはいけないかを、理解することです。

それは、あなたにとっての、しなければならない事をする事と、あなたにとっての、してはいけない事をしない事、も含みます。

禅修行者:

はい、分かりました。

最後の質問は、真実波羅密についてです。

禅師:

諦とは、基本的には、真実という意味です。

しかし異なる含義があります。

波羅蜜は、話す事と関係がありますーーその意味は、約束を破ってはならない、言い換えれば、あなたがいったん(+人に何かを)与える事を承諾した、または己のなすべきことがらをなすと承諾したならば、信用を失ってはならない、という事です。

しかし、私は<諦>という文字の学術的定義を知りません。

緬甸(ミャンマー)では、この文字には、通俗的な利用方法があります。

緬甸人は、この諦の力を深く信じていて、ネガティブな用法をすることがあります。

例えば、ある人が嘘をついたとします。

彼はこの嘘を利用して、真実語を言います:

”私が先ほど、母親に嘘をついたのは真実であり、本当です。この真実の力によって、私は私の叔母に回向します。彼女の病気が一日も早く治りますように” などと。

表面的にはこの様な利用法は間違っていませんが、効果は、ボジティブ(+な利用の仕方)の場合より、薄い様です。

(Mにつづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<《Awareness Alone is not Enough》より改題/抜粋翻訳

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>