Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-53(66/82)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

▲【定力の育成】

座禅・瞑想するとき、みな方法は同じである。あなたが、頑張って座っても、他の人より早く進歩するとは限らない。

定力を育成するには、先に正精進を育成しなければならない。

正精進とは、「四正勤」の事である。

(一)いまだ生起していない煩悩は、生起させない。

(二)生起した煩悩は、即刻滅する。

(三)いまだ生起していない善法は、生起せしめる。

(四)すでに表現した善法は、持続し、また拡散する。

例えば、座禅・瞑想または日常生活の中において、妄想が生じたならば、この妄想はまさに、煩悩心である。

通常、師父は皆に、濃密に業処に集中する様、要求するが、これは、煩悩が出て来ない様にする方法である。

妄想が生起した事を発見すると、即刻、呼吸に戻ってきて、呼吸を知る様にする。

これが、煩悩が生起しても、即刻、消し去ってしまう方法である。

・・・これが正精進である。

正精進とは、じっとそこに座っているのを言うのではない;

ぼーと、そこに一日中座っていて、その後で、腰が痛い、足が痛いと妄想を起すならば、それは意義のないことである。

正精進とは、正念力を主にしている。

正念とは、四念処であり、《大念処経》に基づけば、「安般念」が、まさに『身念処』の方法の一である。

故に、安般念を学習している禅修行者は、心は単純で、焦ることなく、力みすぎない様にするのがよい。

安般念に成功する禅修行者は、四正勤を保ち、煩悩が生起しない様にする。その方法は、行住坐臥において、呼吸を知る事を、濃密に保つことである。

煩悩が生起した時、それを考えない様にすればよい。

また、己自身を責めるのは、もっとよくない。

己自身を「なぜこれほど馬鹿なのか」と責めても、妄想は止まらない。己自身の努力不足を責め、波羅蜜のない事を責めれば、正念は途切れてしまう。

・・・この種のネガティブな思惟は、間違いである。煩悩が不断に生起しやすい人は、如理作意するべきである;

私が心配している、これらの事柄は、明日、考えよう。今は座禅・瞑想する時であり、私は、それらを心配する心を、ひとまず横においておこう、と。

(54につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。<翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>