wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー60

私の考えは:

粗い肉体の「自我(ママ、以下同様)」を得るとき、

心霊の元素によって造られる「自我」および

意識が造る「自我」は得ることができない;

心霊の元素によって造られる「自我」を得る

とき、粗い肉体の「自我」と心霊の元素に

よって造られる「自我」は得ることができない;

意識が造る「自我」を得るとき、粗い肉体の

「自我」と心霊の元素によって造られる

「自我」は得ることができない。

彼が言いたい事は、「自我」の三種類の形式

は、同時に存在することができないという事

である。

一つの形式の「自我」に執着すると、その

特定の形式のみが存在すると認定されて、

他の二者は存在しないことになる。

仏陀は言う:

吉達!

もし人が以下のように言うとしよう:

「あなたは、随分以前から存在しており、

かつて存在したことがない、ということは、

ない;あなたは未来において存在する

だろうし、永遠に不存在である、という

ことは、ない;

あなたは今現に存在していて、現在存在して

いない、ということはない。」

人が、このような言い方は正しいかどうかを

尋ねたとき、あなたはどのように答えるのか?

吉達は答える:

私はかつて存在したことがあり、未来において

も存在するであろうこと、また現在も存在

している事実を受け入れます。

仏陀は続けて言います:

吉達!

もしあなたが、さらに突き詰めて、以下の

ように質問されたならば、それが正しいか

どうか、あなたはどのように答えますか?

「あなたが過去において執着した『自我』の、

どの種類のものであろうとも、それはすべて

真実であり、その他の『自我』は虚偽である;

または、あなたが未来において執着するところ

のその『自我』、それはすべて真実であって、

その他の『自我』はすべて虚偽である;

あなたが現在執着しているどの『自我』も、

それはすべて真実であり、その他の『自我』

は、すべて虚偽である。」

吉達は答える:

いついかなるときにも執着された「自我」は、

その特定の時刻に照らして言うならば、

皆真実で、その他の「自我」は、虚偽であると

見做されます。

実際は、これは、あの特定の時刻に照らして

言っているものであって、過去の「自我」は

過去においてのみ真実です。

未来の「自我」と現在の「自我」に至っては、

それらは、過去の時間の流れから見れば、

すべて虚偽です。

実際、それらは、過去においてそのようで

あった、というだけのことです。

ただし、相応の時刻が到来したとき、後ろの

二つの「自我」も、それぞれ真実となります。

同様に、過去において、一度は真実であった

「自我」は、現在と未来においては、

虚偽になります。

(+ )(= )訳者。(つづく)

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ブッダダーサ尊者著「無我」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>