wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-11★

比丘たちよ。

求不得苦(=求めても得られない苦)とは何か?

比丘たちよ。

生を受ける衆生が、内心においてこのように願望する:

『どうか私は、生を受けませんように、どうか私は生まれ変わりませんように!』。

が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

比丘たちよ。

老を受ける衆生が、内心においてこのように願望する:

『どうか私は、老いを受けませんように、どうか私は老いさらばえることのないように!』。

が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

比丘たちよ。

死を受ける衆生が、内心においてこのように願望する:『どうか私は、死を受けませんように、どうか私は死亡することのないように!』。

が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

比丘たちよ。

愁いを受ける衆生が、内心においてこのように願望する:

『どうか私は、愁いを受けませんように、どうか私に愁いがないように!』。

が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

比丘たちよ。

悲しみを受ける衆生が、内心においてこのように願望する:

『どうか私は、悲しみを受けませんように、どうか私に悲しみがないように!』。

が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

比丘たちよ。

苦を受ける衆生が、内心においてこのように願望する:

『どうか私は、苦を受けませんように、どうか私に苦がないように!』。が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

比丘たちよ。

憂を受ける衆生が、内心においてこのように願望する:

『どうか私は、憂を受けませんように、どうか私に憂がないように!』。

が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

比丘たちよ。

苦悩を受ける衆生が、内心においてこのように願望する:

『どうか私は、苦悩を受けませんように、どうか私に苦悩がないように!』。

が、しかし、このことは願望だけによって達成することはなく、これを求不得苦という。

そして仏陀は、統括的な方式で、以下のように苦諦について、解説する:

「簡単に言えば、五取蘊は苦である。」

五取蘊とは、すべて、観智の目標となるものである。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(4-12につづく)

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>