Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

「身念処」1‐38

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

1‐4‐4‐1 苦の四つの種類

1)苦苦(一般的な肉体的痛みーー心が痛みを知るーー身体の痛みは、心の苦を引き起こす。

阿羅漢果を証悟した人だけが、身体の痛みを感じた時、それを感じるままにして、心の苦を、引き起こさないでいられる。)

2)行苦(修行中に姿勢を変換させている時、まさに変化する様、または痛みの止息。行苦は、苦苦より体験し難い。)

3)苦相(心身の三法印を照見する事によって、苦への認識が生起されるが、これは、16階智の中の第四番目の階智によって体験・証悟されるーー生滅随観智である。)

4)苦諦とは、心身は、これすべて苦である、と認識する事でる。また、我々は、どのような事柄も改変する事ができないという真理(+が存在する)ーーこれは真正なる事実である。

たとえば:我々は、老、病、死を変えることができない。

煩悩によって生起せられる苦は、阿羅漢果を証得した後にあっては、滅し除かれるが、しかし、肉体の苦は、死後<不受後有(後有を受けない)>の状況の下でのみ、滅し除かれるのである。

苦苦は、病院における病気のようである。

行苦は、病人を看護したくない看護師のようである。

初心者は、先に苦苦を体験、体得する必要がある。というのも、苦苦は体験しやすいが故に。

その後に、行苦を体験、体得する。というのは、行苦は苦苦より体験、体得しにくいが故に。

そして、苦相を体験、体得するためには、必ず、実相般若を具足しなければならない。

智慧でもって苦諦を証得した時、修行者は、世間は苦だけであって、楽はない事が分かる。

そして、苦諦を体験・証悟したならば、すべての四聖諦を円満した事になるのである。

(1-39につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>