Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「身念処」1-76(67/203)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

明覚(=明確な覚醒心)の作用が生起する時、前の姿勢の苦苦を、非常に容易に体験・体得する事ができる。

ただし、行苦(新しい姿勢に転換した後にも、まだ残る苦)は、非常に体験・会得しにくい――というのも、新しい姿勢は、通常、人をしてリラックスさせるからである。

もし、修行者が新しい姿勢の苦を体験・会得したいと思うならば、「如理作意」を保持しなければならない。というのも、通常、新しい姿勢に対して貪愛または好きという(+感情を)生じせしめるが故にーーそれは前の姿勢を嫌う事と、同じ事なのである。

貪愛は楽を好み、苦を好まない。

故に、貪愛を断じ除く唯一の方法は:

実相般若によって苦を体験・証悟する事である。そのような事から、仏陀は、苦の体験・証悟を足掛かりにして、貪愛の断じ除かれる智階を、描写したのである・

修行する時、四種類の苦を体験・体得しなければならない:

1、前の姿勢の苦苦の、察知と省察

2、新しい姿勢に転換した時の、行苦の察知と省察

3、苦相の察知と省察(すなわち、身・心の無常・苦・無我)。

第四番目の智ーー生滅随観智によって生・滅の現象を照見できた時にのみ、苦相を体験・体得することができる。

(1-77につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>