Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。

(新)般若の独り言~自己紹介

本日、当ブログにて、<是誰庵>改め、般若精舎建立(という勝手な行い~笑)をしましたので、簡単な自己紹介を。

私は神戸生まれの在日台湾人です。祖母の代からですから、三世に当たります。

小・中学校は神戸のインターナショナル・スクール(華僑系)に通いましたので、日中バイリンガルです(ついでに、家の中では台湾語を話していましたので、台湾語も少しできます。後、タイ語を少々)。

このスクールは、高校は付属していませんでしたので、地元の高校へ通いました(日本の公立高校のシステムがよく分からず、なじむのに苦労しました)。

仏法に目覚めたのは、5歳の時。

父の鳴らすレコードから「お釈迦さま」(「お富さん」の歌詞の一部)という言葉を聞いて、雷に打たれたように直立不動になり、「このひとは、とってもえらいひと!」「おおきくなったらこのひとのことを、けんきゅうするのだ!」と初発心。なかなかの早熟ではあります。)

それから以後、大乗経典を乱読しましたが、なぜか「仏陀はこんなこと言わない」「仏陀はもっと別の事を言ったはず」という気持ちが強く、「いつか本当の仏教に出会いたい」と思い詰めて、大乗になびく事は、一度もありませんでした(大乗非仏説を知った時は本当に嬉しかったです、25歳でした。大乗でも、禅宗は好きで、座禅を習いに行った事はあります。)

では、私の探していたダンマとは何か?

<無常・苦・無我>

もう、これしかありません、です。

高校進学の時に、父が英和辞典を買ってくれたのですが、私は「英和より、パーリ語辞典が欲しい」と拗ねていたのですから、子供のころからの原始仏教派(笑)。

インドにはもう仏教は残っていないと知って落胆していた頃、タイの森林寺院に御縁を頂いたのも、子供の頃からの<こけの一念>が実ったのでしょう。

30過ぎた頃から、アチャン・チャー系列の森林寺院を尋ねるようになり、1999年、パオ・セヤドーの著書「智慧之光」に出会った後、2000年前後に、緬甸(ミャンマー)パオ森林僧院を尋ねるようになりました。この時、50歳でした。

結婚願望があって、若くして家庭を持ちましたが、今は 息子や孫を持ちながらも、sayalay(尼僧)にソフト・ランディングできて、幸せな人生だと思っています。

(65年かけて歩んだダンマの道は、紆余曲折の旅でしたが、それが良かったのかも知れません。基本独学で、成功も失敗も自己責任。恨むとしたら、己の浅学、己の福徳の無さ。底が抜ければ、清々しいものです。)

    <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay 般若精舎>