Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』3-10

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

年若いKaccaññaは、急いで言った:

「おっと!

Vidhura!

七種類も、説明しなくてもよい。

私は、最初の<信念>というものさえ、理解できない。

先にその意味を説明してくれ。」

Vidhuraは言う:

「信念とは、因果業報の理を深く信じる事だ。

お前は、覚えているか?

お前が私を、馬の尻尾に結わえ付けて、馬を走らせて、私を殺そうとし、そして、その後に、馬を止めて私に聞いた:

『まだ生きているか?』

私は答えた:

『私は、いまだ元気に生きている』と。

私が死なないのは、因果業報の故にであり、この生において、業報がいまだ尽きないならば、お前が私を殺そうとしても、私は死にはしない。

私は、何時の日にかは、死ぬであろうが、それは今ではない。

愚者は、生があれば、必ず、老、病、死等の自然現象がある事を知らない。

故に、愚者は、争いを止める事ができず、恨みを持ち続け、将来においても、争いを続けるのだ。

智者は、生があれば、老、病、死などの自然現象がある事を知っており、故に争わず、争いから遠く離れ、将来においても、争いに巻き込まれる事がない。

これが<信念>の意味である。」

(3-11につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>