Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~近行定について

ブログの読者の方から「座禅・瞑想の時、自分が近行定に入った事を、どのように確認するのか?」という質問がありましたので、以下に説明します。

通常、座禅・瞑想(サマタ瞑想)において、獲得する目標に四禅八定というのがありますが、四禅とは初禅、第二禅、第三禅、第四禅、八定とは四つの定の事で、空無辺処定、識無辺処定、無所有処定、非想非非想処定を言います。

今回のご質問は<近行定>についてですが、遍作定、安止定、近行定の順で説明します(修行は、遍作定→近行定→安止定の順で進む)。

私は、仏法において定義は、曖昧な部分を少なく、なるべくはっきりさせた方がよいと考えている人間ですが、実は、言葉での定義には限界があります。それを踏まえた上で・・・。

遍作定は、一番初歩的な定です(四禅八定の前段階)。

たとえば、安般念を実践している修行者なら、己の鼻先に出入りする呼吸が見える・・・パオでは、目をつぶって座禅・瞑想するので、<見える>というより、息の出入りを<知っている>状態。

座蒲に座り、瞑想を始めたばかりの一座の始まりで、身体も心もまだ落ち着いていない為、雑念、妄想がそれなりに出る。

ですので、遍作定とは、息が 65~70% ほど見えていて、30~35% が雑念・妄想であるような状態、と言えるでしょうか。

安止定は nimitta(禅相、光)が30分、または一時間、一時間以上、一日中、安定して維持できている状態。

nimitta の光を利用して、心臓にある意門(心基)が観えたら、初禅成立(その後に第二禅→非想非非想処定へと続く)。

安止定=初禅でもあります。

近行定は、遍作定と安止定の間にあって、息の出入りを 95~100% 知っている、観えている状態。

雑念・妄想は、ごく偶にポッポッと出るけれども、心はそれに追随することなく、脳が次から次へと物語を作る、という事がない(注1)。

身・心共に、非常にリラックスして、心は、明晰である状態。nimitta の前兆のような、淡い雲のようなものが見えたり、閃光が見えたりする(人によってまちまち)。

座禅・瞑想の初め、まず遍作定から始まりますが、次の段階の近行定に入ったら、旗が立つ、標識が立つ、というような事はないので、修習を重ねて、自分でこの感覚を把握するより方法はないと思います。

己が遍作定の状態にあるのに、近行定であると錯覚して、指導者に「近行定出来ました」と報告してしまう事があります。

故意に自分を高く見せようとしているのではなく、誤解が故、錯覚が故という場合は仕方がないのですが、指導者から、次の段階の宿題を出されてもクリヤーできないので、その内、自分の自己評価が間違っている事に気が付きます。

この辺の間合いは、実践を重ねていくと、分かるようになります。

上に書きましたように、言葉での表現には限界がありますが、それでも定義を頭に入れておいた方が、修行しやすいと思います(指導者に報告する時にも、定義を踏まえる必要がありますので)。

皆さまの修行が進みますように。

(注1)ラベリング式瞑想は、脳が<物語>を作成しつづけています。パオ・メソッドでは、ラベリング禁止です。<瞑想>とは、己に関する積年の物語を止める事です。

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>