Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

是誰庵のひとやすみ~心を読む

「修行を重ねた老僧の前に行くと、自分の心が見透かされるみたいで、ちょっと怖い」な~~んて話、以前はよく聞いたものです(現代の僧侶はどうでしょうか?)

以前、台湾で聞いた話。

台北にある会社の社長さん、社長ですから社用車を持っていて、専属のお抱え運転手もいます。

この社長さん、台湾中部(台中)にある某寺院の住職さんと懇意で、時々法話を聞きに行きます。

ある日、急に法話を聞きたくなったこの社長さん、運転手に「もう夕方だけれど、これから台中に行く。今日は残業だ」と、車の運転を命じました。

運転手さん「アッレッー、嫌だなぁ、残業なんて。早く家に帰って、家族と食事がしたいよ~」

それでも社長命令です、しぶしぶ車を出しました。

台中の寺院に到着して、社長は住職さんと何やら話し込んでいます。

運転手さん、社長の傍にいて、手持ち無沙汰。

心の中で悪態をつきます「このクソ坊主め、何か訳のわからんことを、グチャグチャ言っとるなぁーー、早く話が終わらんかなぁ。」

すると住職さん「ちょっと、そこの運転手さん!うるさいよ!!黙ってなさい!!!」と言ったそうです。

運転手さん恐れ入って、はい、速攻で、在家の弟子になりました(笑)。

この住職さんは他心通があるのでしょうね(台中大地震予知したことで、有名になりました)。

この住職さんのような他心通がなくても、修行を積んだ人は、他人の心の動揺、嫉妬心(心の波動の粗い部分)などは、知ることができます。

心を読まれる人より、読む人になりたいですね。