「身念処」1-40
<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
どのような肉体的存在に対しても、欣喜を覚える人;
目が色(=物質)を見る時、耳が音・声を聞くとき、または想像に対する認知において、または心行または意識の造作に欣喜を覚える人;
彼は苦を受けるのが好きな人であり、苦を受けるのが好きなこの種の人は、苦を滅することができない。
ーー(相応部ニカーヤ)
上に引用した内容は、苦の負の面であるーー楽については、楽は無常であり、同じ状態を維持しつづけることが出来ない為、楽もまた苦である。というのも、楽はコントロールできないものであり、無我であるが故に。
苦を滅する為には、我々は修行を通して、苦を体験・体得し、智慧でもって苦を知見するならば、あなたは輪廻から離脱することができる。
煩悩は強力で頑固であるから、智慧でもって苦を体験証悟して、煩悩を断じ除くのがよい。
(1-41につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>