南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

《Vipassanāハンドブック》20-5(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

参、断遍知

断遍知(pahāna-pariññā。「壊滅随観智」(bhaṅgañāṇa)から始まる観智):

妄想を捨断、捨棄する完璧な、かつ必要な智慧

断遍知は、諸行の無常を観察する事を通して得られる智慧であり、三種類の常顛倒を断つ;

苦を観察する事を通して得る智慧によって、三種の楽顛倒を断つ;

諸法の無我を観察する事を通して、三種の我顛倒を断つ。

三種類の常顛倒(nicca-vippallāsas

1、想常顛倒:

想(saññā)の錯誤によって、無常を常と見做すのを、常想と言う。

2、心常顛倒:

心(citta)の錯誤によって、無常を常と見做す。

3、見常顛倒:

見(diṭṭhi)の錯誤によって、無常を常と見做すのを、常見と言う。

三種類の楽顛倒(sukha-vippallāsas):

苦の観察を通して得た智慧によって、三種類の楽顛倒を断ずる。

1、想楽顛倒:

想の錯誤によって、苦を楽と見做すのを、楽想と言う。

2、心楽顛倒:

心の錯誤によって、苦を楽と見做す。

3、見楽顛倒:

見の錯誤によって、苦を楽と見做すのを、楽見と言う。

三種類の浄顛倒(subha-vippallāsas):

諸法無我の観察を通して得た智慧によって、三種類の浄顛倒を断つ。

1、想浄顛倒:

想の錯誤によって、不浄を浄と見做すのを、浄想と言う。

2、心浄顛倒:

心の錯誤によって、不浄を浄と見做す。

3、見浄顛倒:

見の錯誤によって、不浄を浄と見做すのを、浄見と言う。

三種類の我顛倒(atta-vippallāsas):

1、想我顛倒:

想の錯誤によって、無我を我と見做すのを、我想と言う。

2、心我顛倒:

心の錯誤によって、無我を我と見做す。

3、見我顛倒:

見の錯誤によって、無我を我と見做すのを、我見と言う。

(20-6につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<《Vipassanāハンドブック》 (原題 Vipassanā Dipanī) 

Ledī sayādaw著 中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>