南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

翻訳『禅修指南』(3-22)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

もし、精進根が強すぎるなら、信、念、定、慧の諸根は、勝解、建立、不散乱と知見の作用を実行することができない。

この強すぎる精進は、心をして、似相に、静かに専注せしめることができなくさせ、七覚支の軽安、定と捨覚支もまた生起することができなくなってしまう。

その他の諸根が、過剰に強い時もまた、その後果は、(+修行者にとって)不利益を引き起こすものである。

信と慧、定と精進のバランスは、諸々の聖者が讃嘆するものである。

もし、信が強くて慧が弱い時、迷信になり易く、不適切な信仰をしたり、意義のない事柄に取り組んだりする。例えば、仏教以外の外道、護法の鬼神を信仰したり、尊敬したりする様になる。

しかしながら、慧が強すぎて信が弱い時、それは人を奸邪に向かわせる。

例えば、己自身は実際の修行と実証に欠けているのに、(+仏法について)恣意的に判断したり評価をしたりする。

それはまるで、薬を飲みすぎて、治療が困難な副作用を発症している(+患者の)様なものである。

信と慧がバランスしてこそ、信じるべき事柄を、信じる事が出来る。

その様な修行者は、三宝を信じ、業報を信じ、もし、仏陀の教法に従って修習するならば、似相を獲得して、ジャーナを証得することができる事を確信する。

もし、信心をもって修習し、智慧でもって、似相を観察するならば、その時には、信根と慧根はバランスを獲得することができる。

(3-24につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay