<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
(二)禅修行者は、正確に、また如実に、名色法の因を、知見しなければならないが、この智慧は「縁摂受智」(paccaya pariggaha ñāna)と言う。
名色分別智と縁摂受智は、明確に、また正確に、観禅の目標としての、諸々の行法を知見できるが故に、この二種類の智は「所知遍知」(ñāta pariññā )と言う。
(三)観禅の段階、すなわち「思惟智」(sammasana ñāna)の始まりにおいて、禅修行者は、一切の色法、名法及びそれらの因の無常・苦・無我の三相を、徹底的に見なければならない。
諸々の観智の中で、「思惟智」と「生滅随観智」の作用は、一切の名色法及び、それらの諸々の因の無常・苦・無我の三相を審察し、また識別するものである。
この二種類の智は、また、「審察遍知」(tīraṇa pariññā)とも言う。
「壊滅随観智」(bhaṅga ñāna)から始まる所の観智は、一切の名色法及び、それらの因の壊滅と、それらの行法の無常・苦・無我の三相をのみ、見るものである。
断ずるべき煩悩は、その(+知見によって)暫定的に断じ除かれる為、それらは「断遍知」(pahāna pariññā)と呼ばれる。
四種類の聖道智は、心を眩まし隠蔽する所の無明(avijjā)、または痴(moha)を、徹底的に根こそぎ、断じ除く。
聖道を証悟した者は、一切の名色は苦諦である事を知り、名色は因の集諦である事を知り、苦諦と集諦における、無常・苦・無我の三相を知る。
聖道は、諸々の行法の無常・苦・無我の作用を、円満に遍知し、審察する事ができるが故に、「所知遍知」と「審察遍知」と言う;
(+この知は)煩悩を徹底的に、根本から断じ除く事ができるが故に、「断遍知」と(+も)言う。
(6-5につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijyubunko.sakura.ne.jp/index.html
<本雅難陀尊者(Ven. U Puññānanda)著 『禅修指南』Meditation Guide 第二版
中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay