朝起きて、コーヒーを一杯飲んで、翻訳をして、庭に出る。
オハナの墓前に行って、飲み水を換えてあげる。
オハナは、もうここにはおらず、どこかへ生まれ変わっているとは思うけれど、残念ながら、私に法力がないので、彼の行先を透視することができない・・・座禅・瞑想している時に、nimittaの光の中に現れて、別れの挨拶をしてくれましたけれど、残念ながら、行先までは分からない・・・でも、まぁ、いいです。怒りや後悔、起心動念は、己の心を汚しますので、「ま、いいかな」で終わりにしておきましょう。
今は、海外に修行に行けませんが、一人でも、サマタ・vipassanā(止観)の修行、頑張らなくては、と思います・・・
私は在宅死を希望。献体して、その大学病院で合同葬(クリスチャンも一緒なので、無宗教式葬儀)。遺骨は、その大学の合祀碑に合祀。人間、生きている内の修行が大事。生きるも軽やか、死ぬも軽やかに。
梅雨の長雨で、トマトの実が割れてしまっています。
きゅうりは、頭でっかち、尻すぼみ・・・
肥料が足りない?
水が多すぎる?
なかなか難しいですね。
これまで茄子は失敗ばかりでしたが、鉢植えにしたものに、しっかり実が付きました。一個収穫して、糠味噌漬けに。
バラもまだまだ咲いてくれます。
クレマチス、1/3に剪定した所、新しい葉っぱがワサワサ生えてきました。以前、一株ダメにした事がありますので、嬉しいです。オベリスクを買いましたので、蔓バラとクレマチス、這わしてみましょう。
今年の夏も、息子たちは、こちらに帰ってくることはなさそうです・・・コロナは、多くの人々(特に飲食店関連の方々)に、困難を齎しましたけれど、反面、己自身にとって、本当に必要なものは何か?を熟考する機会にもなりました。
ゴータマ仏陀の事が、好きで好きで、毎日、毎時、仏陀に付き纏っていた比丘に、
仏陀曰く
「私は老いていく、糞尿の詰まった袋。
私を見てどうなるものでもない。
修行せよ。」
かくて、この比丘は、サンガから追放されました。
善哉!善哉!善哉!
<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>